冬ごもりの手仕事

まるやま上空

今年の冬の雪はまぁまぁ多い方だった。屋根に積もった雪が落ちて家の周りにうず高く積もり、それが二階の床を超す高さになる。温暖化になってこれくらいだから、昔はもっと大変なことだったとおもう。飛行機の上空から見ても谷に吹き溜まる雪で、まるやまの周りだけ真っ白なのだ。

そんな冬ごもりの時間、どんなことを過ごしていたのか、十年ほど前、集落のじいちゃん、ばあちゃんに話を聞いて回ったことがあった。稲藁を少し湿らせて、小槌で打ってから縄を綯ったり、筵を編んだりした。また藁の束を捻って、ヌイゴと呼ばれる茎の部分を取出し、手箒を編んだり、丈夫な細縄を綯い、横糸に使いカガリという袋ものを作ったりしたという。プラスチックやビニールのない時代、紐やカゴ、シートなど今でこそホームセンターで買う生活道具はみんな自分たちの手仕事で作り、繕い、間に合わせてきた。物流もないから、自ずと米を収穫した後の藁という素材を活用しようとしたし、それを活かすための工夫す知恵も生まれた。囲炉裏の前に車座になっての対話しながら手を動かすことは、夏の草刈りや秋の収穫の忙しい時にはできない豊かな時間だったという。

私も菓子に使う小豆の栽培を始めてから、春から冬にかけては農作業や山菜や植物採集や保存などで忙しくなった。どうにか小豆の収穫を終え、保管できたらホッとして冬はなんとなく「のんびりする季節」と決め込んでしまっていた。この時期、雪深く誰も訪ねて来ないし、静かなので集中する作業に向いている。Caféで使っている「和胡桃の樹皮のカゴが気に入ってどうしてもつくって欲しい。」とオーダーをいただき編み始めることにした。ふと先の古老の人々の話を思い出して、冬のかご編みが生業の一部となったなら、なんだか彼らに近づけたようで素敵だなと思った。それは単に手仕事の対価として金銭を受け取るということでだけでなく、季節に寄り添って生き、捨てているような副産物を価値のあるものに、自らの手で生まれかわらせることができる。そしてそれを欲しい人に届けることによって自然の豊かさや農ある暮らしをお伝えできたら…

和胡桃とは西洋のカシグルミと呼ばれる殻が薄くて実の大きな栽培種のクルミに対して、日本の山や沢に自生するオニグルミやヒメグルミと呼ばれる小粒のクルミ。東北地方などでは郷土の餅や菓子などに使われていることがあるが、その殻が固くて割り難いことや、中身の身が小さく歩留まりが悪いことなどから、この辺りではあまり利用していない。けれど旨味とコクのある味、国産の無農薬のナッツという魅力に取り憑かれてからというもの、毎年10月ごろ拾い集めて、餅菓子、蒸し菓子、打ち物といろいろな菓子に使ってきた。そんな和胡桃の菓子を同じ和胡桃の樹皮で編んだbasketに詰め合わせたら、と妄想したらワクワクしてきた。

冬の間、落葉したオニグルミの樹皮には、葉痕と呼ばれる葉柄と呼ばれる葉っぱの軸の落ちた跡がついている。それがとても特徴的な形をしていて羊の顔のような模様がたくさん付いている。4月頃、新しい葉が出る頃に木は土中から水を吸い上げている時期なので簡単に皮を剥ぎやすい。山が荒れて道沿いに張り出した枝を持ち主の了解を得て枝打ちさせてもらう。剥いだ皮は中表に巻きつけ、風通しの良い軒下などに冬まで干しておく。剥きたては黄緑色の樹皮の内側がタンニンを多く含んでいるため酸化して焦げ茶色に変わっていく。オニグルミの成長は早いので切っても、絶える事はなく翌年すぐに脇から新しい芽吹きが出る。

干せた樹皮は乾燥した昆布に色も形もそっくり。使い方も水に戻すと手触りまでもよく似ている。細幅に整え格子に組んで、内側から続けて外側まで二重構造のカゴに編むのに一日かかる。樹皮の表側で編むと灰味がかった葉痕がアクセントのbasketに、裏側で編むと艶のあるこげ茶に仕上がる。不思議と新しい樹皮よりも何年か枯らした樹皮の方がよい仕上がりになる気がする。


古くは縄文時代の遺物やロシアなどでは白樺の樹皮を使った同じような製法のbasketが見られる。プリミティブな外観のわりに手で撫でてもどこも引っかかるところもなく、それでいて頑丈。きっと日々の生活の道具として多用されていたものだろう。

Basketを編んだ残りの樹皮で花編みをするとまるで冬のオーバーコートについていそうな丸いボタンのようなパーツができる。これはギフトパッケージの紐の飾りや、帯留めにも使えそうだ。麦わら帽子に使われている麦稈真田という編み方で、オニグルミの樹皮を編むと表裏の樹皮の色の違いが出てデザインのアクセントになる。こちらはbookmarkに。

 10月頃沢に近い山間のオニグルミの木が実を落とす。最初は緑色の果肉は落ちるとすぐに焦げ茶色になるのでとっておいた。こちらもタンニンを多く含むので鉄釘などと煮出すとクルミインクという焦げ茶色の染料となる。残った樹皮を束ねて刷毛がわりにして和紙に塗る。テーブルセンターやちょっとした敷紙に使っていただけたらと思いギフトボックスの掛け紙にする。

こうなったら実を取り出した後の殻も使えないかと眺めていたら、落ちたオニグルミが川から海に流れ着きぷかぷか浮かんでいたのを思い出した。殻に蜜蝋と芯を入れたらフローティングキャンドルとして灯すこともできる。

蜜蝋を溶かしたついでに市販のクルミオイルと混ぜて、蜜蝋ワックスをつくっておいた。Basketは多少水に使ってもびくともしないし、よく乾かして手で撫でてやると艶も出てくる。時々潤いをあげたくなったら蜜蝋ワックスを手で塗り込んでやればいいという手入れも簡単なもの。口に入っても安心なものなので食べ物を直に入れても大丈夫。


 さて中に入れる菓子は何を作ろう。

[和胡桃生落雁]は多良間島の黒糖と寒梅粉の生地で農薬不使用の自家栽培能登大納言のこし餡を包み、古い木型で打った生落雁です。ころころと本物そっくりの可愛らしさです。


[和胡桃柚餅子]は自家栽培の無農薬青大豆で仕込んだ味噌や醤油を、やわらかな求肥生地に練り込んだ柚餅子。プチプチとした食感は和胡桃ならでは。


[和胡桃どら焼き]はもっちりした皮に自家栽培の無農薬能登大納言の粒餡と和胡桃を挟みました。仕上げにくるみ割りの焼印をアクセントに。

[和胡桃お汁粉]はご自宅でお餅をお焼いて、こし餡を水(50mlほど)で割り温めてお召し上がりください。色鮮やかな自家栽培無農薬青大豆と和胡桃の風味の自家製餅と渋切りせずに炊いた無農薬能登大納言のこし餡の香りをお楽しみください。

Basketを編んで、菓子を拵えて、できたのは3setのみ。この冬開設した通販サイトで、いつもSNSでフォローしてくださっているお客様中心に抽選販売とさせていただいた。


嫁に出すような気持ちでお届けすると、早速basketに漆の小皿を仕込んで出かけて、菓子を楽しんでくださったり、日常で使われている様子もお知らせいただけた。和胡桃のかご編みという冬の手仕事で、一年が一周つながったような感覚を味わった。ちょっとだけ集落の人々が回してきた自給自足の大いなる環に触れられたような、一方で街の方々と農村の暮らしのつながりもできて8の字のような無限ループのはじまりを見つけたような不思議な感覚。