藍で染めた色はどんな色? と聞かれると、多くの人は宵の空の色や深い海の色のような濃い青色を思い浮かべる人が多いと思います。それには1回や2回の染色ではなく、多いもので15回も繰り返し染色することで、より濃い色に染めていくという、地道で経験と忍耐のいる作業が必要になります。

 

藍染めには「藍染め師」と呼ばれる職人が、藍の葉を発酵・熟成させた「すくも」を育てて染色するものから、生葉を使って手軽に染色するものまで様々ありますが、私はタデアイを用いて生葉染めをします。抄紙前の原料を染めてから紙を漉くので、原料を何回も染め重ねることで染め作業の度に原料を少しずつ失ったり、漉きにくくなったりということが起きるため、このやり方が紙の原料に適しているのです。

 

生葉染めにより染色した原料で抄紙された和紙は、面白いことに紙の色が変化します。出来上がった直後の紙は生葉の色そのままですが、それが徐々に酸化されてか最終的に落ち着く色は、和色で浅縹(あさはなだ)色。ぼんやりした空色が、晴れているんだけれどスッキリとしていない新潟の夏の空の色そのもの。とはいうものの、私はこの空色の染め紙が大好きです。

 

この浅縹色の和紙一枚を眺めていると、和紙をスクリーンに、この空の下での思い出が次々に映し出されてきます。それは、なんだかショートフィルムをみているような不思議な気分。見上げるといつも変わらず見えていた、暑い夏空を思い出させてくれるのです。工房のまわりの蝉達は一層賑やかとなり、自家栽培のタデアイもそろそろ収穫時期。梅雨の恩恵をその枝葉一身に受けた彼らが、夏風に乗り手招きしているように、ユラユラ揺れています。

 

田中雄士/紙工房 泉

 

「植物図鑑」のはじまり

わたしたちは、植物の色に魅せられ、紙、糸、布などを染めている二つの工房です。植物で染めるということ。そこにある大切なこと、見過ごしてきたことをていねいに拾い上げていくために、染料となる植物の図鑑をつくりたい。見て頂いた方とのコミュニケーションをとりながら、新しい発見もしながら、制作を進めていきたい。そんな思いから立ち上げたプロジェクトです。
■監修:新潟県立植物園 倉重祐二

プロフィール

星名康弘
星名康弘(ほしなやすひろ)/植物染め 浜五新潟県十日町市生。
文化財建造物の修復の仕事を経て、染色の道に進む。 新潟市の海辺の集落に工房を構え、暮らしの品々を植物で染めている。
田中雄士
田中雄士(たなかたけし)/紙工房 泉紙漉き職人。
福井県越前市での修業の後、故郷・新潟県弥彦村に工房を開く。素材のもつ個性を大切に、一枚一枚丁寧な紙つくりを行なっている