「モミジバフウ」。聞き覚えの無い植物の存在を知ったのは、去年のちょうど今頃(2013年5月)。その日は新潟県立植物園で7月に開催される「染料植物と色サンプル展」にむけて、染料の採取のため植物園を訪れました。モミジバフウは、その時に副園長の倉重祐二さんに園内の植物の説明をいただきながら採取した植物のひとつ。葉の見た目はオーソドックスなモミジのようで、どこにでもありそうな樹木にみえましたが、枝先についている実は異様にトゲトゲとしていて、何やら只者ではない雰囲気を醸し出していました。
 
怪しい。これは何かあるに違いない。トゲトゲの実を一目見て、一刻も早くそこに隠れている色を出してみたい衝動に駆られました。倉重さんにお礼の挨拶を済ませ、はやる気持ちを抑えて工房に戻り早速葉から染料を抽出。アルミ媒染では薄い黄色の掛かった淡い朱色でやさしい色合いでしたが、きっとそれだけではないはず。怪しさ満点のあのトゲトゲを表現する色が何とか出ないかと鉄媒染で試したところ、出ました。
 
力感溢れる冴えた墨色は、モミジバフウの実のトゲトゲ姿と相まって、植物染めには珍しい男性的なイメージを強く感じる和紙となりました。 控え目な感じがする葉からこんな色が出るなんてという驚きと、やはり只者ではなかったのかという嬉しさ、そして染めの奥の深さを改めて感じることができ、私にとってとても大切な染めのひとつとなりました。
 
柔らかな色はもちろん、冴えた色の中にも温かい風合いを感じることができるのが植物染めの良いところ。モミジバフウよりいただいた墨色は、漉き桁をにぎり、紙を漉く所作に一層の躍動感を与えてくれ、紙漉きをより夢中にさせてくれます。

 

田中雄士/紙工房 泉

「植物図鑑」のはじまり

わたしたちは、植物の色に魅せられ、紙、糸、布などを染めている二つの工房です。植物で染めるということ。そこにある大切なこと、見過ごしてきたことをていねいに拾い上げていくために、染料となる植物の図鑑をつくりたい。見て頂いた方とのコミュニケーションをとりながら、新しい発見もしながら、制作を進めていきたい。そんな思いから立ち上げたプロジェクトです。
■監修:新潟県立植物園 倉重祐二

プロフィール

星名康弘
星名康弘(ほしなやすひろ)/植物染め 浜五新潟県十日町市生。
文化財建造物の修復の仕事を経て、染色の道に進む。 新潟市の海辺の集落に工房を構え、暮らしの品々を植物で染めている。
田中雄士
田中雄士(たなかたけし)/紙工房 泉紙漉き職人。
福井県越前市での修業の後、故郷・新潟県弥彦村に工房を開く。素材のもつ個性を大切に、一枚一枚丁寧な紙つくりを行なっている