12/16~12/20頃
冬の記憶を盛ってみる
むかしむかし、百貨店に勤めていた頃のこと。
今の仕事につながる食器売場に異動になる前、食品売場に在籍していたことがありました。
僕は惣菜弁当チームのメンバーで、地方の名物寿司のコーナーの発注と販売を担当。当時はまだ20代半ばで、バイヤーが選んだ品物のレクチャーを受け、味見をしてから販売にたずさわるだけのペーペーでしたが、あの頃にさまざまな地方の名産品に触れたことが、今の仕事に役立っているような気がしています。
さて、そのときに出会ったのが、京都祇園にあるいづうさんの鯖寿司。
三枚におろした鯖を塩で締め、酢飯に乗せて握り、厚い昆布で巻いた『早なれの寿司』です。
この寿司の面白いところは、時間が経つにつれて味わいが変わること。できた直後ももちろん美味しいのですが、半日から一日経つと、昆布の味が染みわたり味わいが増すのです。
ただ、この鯖寿司を売場で販売することができたのは、晩秋から早春にかけての数か月。
冷蔵での配送ができないことから、東京に送ってもらうのは気温が下がった時期でなければならず、以降、僕の中では『鯖寿司=冬』というイメージが定着してしまいました。
先日は五年ぶりに出張で京都まで出かけたので、帰りに鯖寿司を購入。
新幹線の中で食べてしまいたい気持ちもあったのですが、せっかくなので一晩寝かせてからいただくことに。
翌日の夕方、よい具合になじんだ鯖寿司を口に入れたら、若い頃の冬の思い出のあれこれが頭を駆け巡り、やはり味覚と記憶は直結しているのだなあ、と感じます。
いづうさんの鯖寿司は『ハレの食』なので、金襴手の豪奢な鉢に盛ってあるイメージ写真をよく見かけますが、家で食べるのであれば、漆の椿皿なんかに盛ってみてもよさそう。
塗り物は漆の木の樹液を何度も塗り重ねて作られる工程から、『幸せを重ねる』という意味合いでハレの席で好んで使われることが多いアイテム。
きらびやかに加飾されたものだとハレ感が強くなりすぎてしまいますが、木目が透けて見えるような木地呂塗りであれば、ハレの要素とともにケの要素も兼ね備えていて、使いやすいのではないかと思います。
三年前に上梓した『季節やシーンを楽しむ 日々のうつわ使い』でも書いていることですが、現代はハレとケの境目がおぼろげな時代だと思います。
ちょっと敷居が高く感じられる漆器というアイテムも、華やかさをワントーン抑えたシンプルなものを揃えておけば、和洋問わずにあらゆるシーンで使い回しが利くのではないでしょうか?
軽くて丈夫で使いやすいし、慣れてしまえば、巷で言われるほど扱いも難しくないと思いますよ。
※注 木地呂塗り:色を付けずに精製した『透き漆』のみを塗り重ねて仕上げる漆芸の技法
(木地呂プレート:村上修一作)