変奇館以前(3)

風呂場が破壊した。底のタイルが割れて流し場がザアザア洩るし、湯船も洩ってしまう。女房が何度もセメントで修理したが、素人の手に負えないくらいひどくなった。 -
 と書いているのが『男性自身』シリーズの中の「職人気質」だ。
 この風呂は引っ越してきた家にあったもので、タイル張りのごく小型なもので、大人一人がしゃがみ込むようにして入る、当時としてはごく一般的なものだった。
 母が修理したりしていたのは知らなかった。僕がまだ中学生だったので、異変が記憶に残っていないのだ。

 しかし、こと水回りに関しては贅沢な瞳にとって、これは由々しき事態だった。
 山口家は祖父母の代から普請道楽であったが、床柱に銘木を使うとか、茶室に凝るというのではなかった。
 トイレや風呂を最新式のものにするのだ。 あるいは食堂のテーブルに無垢材の大ぶりなものを導入する。といっても切断面が自然木のままという民芸調のものではない。面取りはしっかり長方形にカットする。その方が使い勝手がいいという。
 ということで、風呂の改修工事をすることになったのだが、これが大変なことになってしまった。
- 風呂場を改造するとなると、どういう種類の職人が必要となるか。
 基礎をつくる鳶職、大工、水道屋、電気屋、ガス工事屋、煙突屋、タイル屋、ペンキ屋である。(「職人気質」)
 この人たちが順番に滞りなくやってこないと工事は順調に進まないと、瞳はなげく。

 地元の若い大工は春まで仕事がつまっているというので、都心のほうの工務店にお願いしている。
 そして、いざ決まると、昨今の作業は早いのだった。朝はたき火をして、昼もたき火をして、三時に蕎麦を食べて、などという古典的(?)な職人気質は残っていない。
 風呂屋はタガをはめて、などというまだるっこしいことはしない。グラスファイバー製の風呂桶をポンと置くだけ。
 しかし、タイル屋だけは、そんな工業製品のようなわけにはいかない。一枚一枚、丁寧に張り付ける作業は根気のいる作業だ。
 それを見て、瞳は原稿用紙の枡目を一文字一文字ずつ埋めていく小説家の仕事に似ているのでは、と感じていた。