江分利満家の方かい 山口正介

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話を少し前に戻そう。建築家に自宅の設計を依頼したころのことだ。ご存じのように、施主は設計者に、生活信条というか、ライフスタイルを話す。施主のほうの家族構成とか、家をどのようなものにしたいとか、今現在の趣味やら老後の希望などを伝えるものだろうか。そして、建築家のほうが、それを実現するためには、このようにしましょうと提案することになる。
 これが、瞳の場合は少し違ったものとなった。抜粋になるのだが『男性自身/壁に耳あり』から引用してみよう。

- あるとき、なんの気なしに、日本間の床柱は、どんな木を使うのか訊いてみた。-
 と瞳は書く。かりん糖のようなひねこびた民芸調の銘木は瞳の趣味にあわない。建築家の答えは、「ジュラルミンです」というものだった。ここにおいて、瞳は大いに悩む。
- 北山杉を磨いて、すらりとしたツルツルした床柱をつくるのと、ジュラルミンの床柱とはどこが違うか。-
 ツルツルにおいて違いは無い、と考える。
 そして、同じ天井を支えるものならば、ジュラルミンのほうが堅牢で機能的であろう、と新素材の採用に思いは傾く。
- しかし、待てよ。(中略)なんだか電車の中にいるような感じになるのではないか。-
 今はないが、昔の客車には金属の柱が立っていた。とっさにこんな見立てをして、笑いを誘うところに、瞳の真骨頂がある。
 今どきのひとならは、健康によいといわれて流行している、ポールダンス用のバーを連想するだろうか。

 床柱のある床の間といえば、掛け軸や花瓶を飾って四季の移ろいを感じるものである。
 それが通勤電車の中にいるようでは、三味線を弾いたり、将棋を指したりできないというのが瞳の結論だった。瞳が日本間は止めましょうというと、果たして建築家は、「賛成。今日は記念すべき佳き日だわ」と答えた。