床は拭き漆(1)

壁と天井の本漆喰の上に鮮やかな浅葱色の格子縞ができていた。純白の漆喰とコマイとの化学反応でそういう現象がおきたのだ。これは困ったことになった。頑亭先生は、だからいわないこっちゃない、という感じで憮然としていらっしゃる。
当然のことながら壁は塗直しということになった。この作業は一度ならず二度、三度と行われたと思う。また、どこまで削ったのか、あるいは上塗りだけだったのかは、現場に付き切りというわけではないので、わからない。ただし、作業をやり直す度に浅葱色の格子縞は薄くなり、最後には出現することがなくなった。

さて、いよいよ床の塗装である。幅二間弱、長さが五間ほどの細長い食堂と台所になる部屋だ。そこに厚さが一センチほどの杉の無垢材が敷かれた。何も柾目の高価な杉というわけではない。ごく普通の木目が荒れた材だが、それが素朴な味わいをだしている。当初、何もしないで白木のままの床はそれだけでも、なかなかに魅力的で、これでいいのではと思ったものだが、頑亭先生は、全面を拭き漆にするとおっしゃる。

巨大な木彫にも挑戦する頑亭先生は山門の仁王像もかくやといわんばかりの筋骨隆々たる身体だが、いたって小柄な方でもある。四年に一回、オリンピックの年に床屋に行って髭を剃るのです、とおっしゃる長髪と髭の方だ。童話のコロボックルか北欧神話のニームを思わせる容姿である。その小さな身体が広い部屋の隅にうずくまった。やおら漆筆を出して、左手に握ったチューブから国産漆をひねり出すと、一心不乱に床を塗り出された。ご存じのように漆筆は幅が一センチほど、穂先も五ミリ程度だろうか。その小さな筆で広大ともいえる床を丁寧に塗っていく。そして拭き漆だから、着古した下着が一番というくたくたになった木綿で塗った端から拭き取っていくのだ。いつ果てるとも知れない作業は、しかし一日で終了した。