江分利満家の方かい 山口正介

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この家に引越してきてから、一年と三カ月が経つ。(「夜中の対話」)
 と瞳が書いているのは、『男性自身』の第八十二回。一九六五年六月のことだ。
 サントリーを退職したことにより、元住吉の社宅に住んでいる権利を失い、一家は東京都下の国立市(当時は町)に引っ越してきた。
 ちょうど、関西に転勤するという方がいて、その空いた家を借りることになったのだ。 木造二階建てで、下が和室が二間と板張りの洋間が一つ、それに台所と風呂とトイレ。トイレはまだくみ取りだった。そして後から増築した二階に洋間が二間あった。下の洋間を僕の部屋として、二階を夫婦の寝室と瞳の仕事場とした。

 - 私はこの家がとても気に入っている。欲をいえば際限がないが、九十二、三パーセントがたは好きである。うまくいったと思う。毎年、少しずつ修繕しないといけないが、そういうところもいい。古くて大層な建築でないところがいい。大工がはいって、家中の雨戸の開閉が全部、遂に可能になった。私はバンザイを叫びそうになった。(「夜中の対話」)
 ということになる。戦後の物資がとぼしいときの建物か、下の日本間では畳の上に置いたミカンが端までころがっていってしまうほど、傾いていた。増築した二階は俗に“お神楽”といわれるもので、これも自動車が通ったりするとよく揺れた。
 それでも、瞳にしてみれば、借家とはいえ一戸建てでそれなりの庭もある家は安住の地と思えたのだろう。
 しかし、後のことを思えば、この安泰も束の間のことであった。

 - 建築雑誌を読み、設計士に依頼し、コンクリートと新建材でもって家を建てる人の気持がわからない。もしも気に入らない箇所があったらどうするつもりなのだろう。いや、家には必ずどこかに欠陥があるものだ。不幸なことに、それは実際に住んでみないとわからないものだ。(「夜中の対話」)
 と、このときは書いているのだが、ご存じのように、瞳は自分自身で気持がわからないと書いたコンクリートと新建材の家をこの“気に入っている”と書いた家を取り壊して新築することになるのだ。
 いずれにしても、瞳は常に大工さんや植木屋さんが入っているような状態が好きだった。