ここ数回にわたり、九州で育まれた手仕事の話をしてきました。
コロナ前は、一年に一度は九州に足を運んでいたので、そういった話も今となっては懐かしく……。
九州に行くと、まずは波佐見と有田というやきものの産地を回り、ほかに気になった場所があれば寄り道するパターンが多いのですが、7年前には、「九州北部グランドツアー」と呼んでもよいような長距離移動を敢行したこともありました。
長崎の個人作家訪問→波佐見の窯元回り→有田の工房回り→福岡の個人作家訪問→小石原の窯元回り→小鹿田焼の皿山見学→別府で竹細工の作家訪問、という一連の流れを三泊四日でこなすという旅程。
五十路を超えた今では到底無理なハードスケジュールですが、あの頃はまだ若かった(笑)
毎回、波佐見と有田は車で回ってもらうことにしていて、それ以外は鉄道で移動しているのですが、この長旅のときだけは、「北部九州SUNQパス」なるバス乗り放題のチケットを活用。
高速バスと普通のバスの両方が利用できるすぐれもので、回ろうと思っていた広範な地域をすべてカバーしているところがミソでした。
旅の終わりに別府を訪ねた目的は、温泉で湯治……ではなく、竹細工の作り手である伊藤憲男さんと松田浩樹さんに会い、制作風景を見せてもらうこと。
田園風景のなかを疾走する鉄道とは違い、山間部を抜けてゆくバスの車窓から見えるのは竹林、竹林、また竹林。温暖で湿潤な九州の気候は、竹の生育にぴったりなのでしょう。そんな土地柄を活かし、別府では湯治客用の竹工品が作られるようになり、やがて一大産地に発展したそうです(昭和54年、旧通産省によって伝統的工芸品に指定)
別府で使われるのは、真竹(まだけ)。
その真竹を割いて幅や長さを丁寧に整え、四つ目編み・六つ目編み・八つ目編み・網代(あじろ)編み・ござ目編み・松葉編み・菊底(きくぞこ)編み・輪弧(りんこ)編みといった伝統技法で作品が編み込まれてゆきます。
そういった技術と感性を次世代に伝えるため、市内では、県が竹工芸訓練センターを運営。伊藤さんも松田さんもこのセンターを出て作り手になったのでした。
現在は、作り手の「個性」というものに注目が集まりがちですが、別府の竹細工の特徴は、基本・伝統に忠実なこと。気を衒わず、こうした王道的な仕事を守り続けることも、手仕事の本質を後世に伝える上で大事なことだと思います。
別府には湯治をしに行ったわけじゃない……などと言いながら、最後は温泉の話を。
長距離移動のグランドツアーでたまった足腰の疲れを癒すため、九州最後の朝は、ホテルのそばの共同浴場へ。プライベートであれば別府八湯巡りや地獄巡りも楽しいでしょうが、このときはしがない器屋の急ぎ旅ということで、街なかにある竹瓦温泉を訪ねました。
唐破風を擁する風格のある建物(昭和13年築!)に圧倒されつつ中に入ると、中もレトロでいい感じ。朝早かったせいか、観光客の姿はなく、浴場では地元のご常連がくつろいでいて、つかのま、別府の日常風景に溶け込むことができました。
忘れられない旅の記憶。ここにも、僕が大好きな、九州特有のとろりとしたやわらかな空気が流れていました。