第27回 かわいい九谷 vol.3

かわいい九谷

前々回・前回と二回にわたってお話ししてきた九谷焼は、加賀百万石の太守である前田家の文化振興策によって、石川県を代表する工芸品となったやきもの。
他にも県内には、輪島塗や山中漆器のような漆芸、加賀友禅や能登上布のような染織などの工芸が根付き、石川県は工芸王国と呼んでもよいほどモノづくりが盛んな土地柄です。
僕はこれまで、県都・金沢でそういった工芸品の粋に触れてきたのですが、四度目の出張で訪れた昨年は、ちょっとだけ趣向を変え、野外に静かにたたずむ工芸にも触れてみたいと思いました。

かわいい九谷

九谷焼の産地である能美市に隣接する小松市には、粟津温泉という北陸で最も古い湯治場があり、そのそばには那谷寺(なたでら)という古刹があります。このお寺のことはずっと前から気になっていたのですが、いつもの出張ルートからはちょっと外れているため、これまで立ち寄る時間がなく……。
昨年の出張では、直前に予定がひとつキャンセルになったことで時間に余裕ができ、これはもう「行くっきゃない!」という感じで、数年来の宿願を果たしてきました。

かわいい九谷

那谷寺は、1300年前に霊峰・白山を開いた泰澄という修験僧によって創建されたのだそう。
境内に足を踏み入れると、奇岩に囲まれた異界的風景が広がっていることにびっくり。不勉強な僕であっても、それが白山信仰とか修験道とか呼ばれるものをジオラマ的に表現したものであることに考えが及びます。
急峻な岩山、そして鳥居や狛犬。仏教や神道や古代信仰らしきものがまじりあっているところが、「神は神社に、仏はお寺に」という明治以降の宗教観に慣れてしまっている僕には、ちょっとしたカルチャーショックでした。

かわいい九谷

境内の建造物は戦国時代に一度灰燼に帰したそうですが、17世紀、前田利常公によって再建された数々の堂宇はなかなかの味わい。古代から続く自然の景色と混然一体となり、ひとつの信仰世界を構成しています。
やきものや塗りもののように商われることを前提とした工芸とは異なり、那谷寺に見られるような建築工芸は、富を生まない文化事業。ただ、境内に点在する建物に施された意匠をつぶさに見て廻ると、こういった損得勘定を抜きにした手仕事も、工芸王国の成立には欠かせないものだったのだなあ、と深い感慨を覚えます。

かわいい九谷

那谷寺の件は、過去二回にわたって書いてきた川合孝知さんの「かわいい九谷」とは筋が違う話のように思われそうですが、石川県で培われた数多の工芸は、前田家の美意識によって育てられた個性豊かな兄弟のような存在。領主の意図を家臣や領民が汲み取ることで、地域全体に多様な文化的土壌が醸成されていったのだと思います。
そのあたりをもう少し深く掘り下げるために、コロナ禍が収束し、よい時機がきたら、今度は金沢から能登方面へも足を延ばしてみたいと思います。