第31回 秩父の織物 vol.3

前回お話ししたほぐし織(銘仙)は、かなり手の込んだ工程によって織り上げられる布地。
今回は、前に見学させてもらった新啓織物さんの工場で勉強したほぐし織の工程の話を少々。

秩父の織物

ほぐし織は絣(かすり)から派生した織物だと言ってよいと思いますが、事前に斑(まだら)に染めておいた糸を織って布地の絵柄を表現する絣に対し、ほぐし織は、染色していない状態で整経した経糸に仮の緯糸を粗めに通し(仮織り)、その状態で型染めを施すところが特徴。
絣のように束ねて括った糸を染めるのではなく、シート状に仮織りした経糸(見た目はほぼ反物)に染めを施すことで、絣とくらべ、より大胆で大きな柄のデザインを表現することができるのです。

秩父の織物

さて、「仮」という字が付いている「仮織り」ですが、この工程には、細心の注意を払わなければいけません。
この工程をいい加減におこなってしまうと、その後の染めや本織りに重大な影響を及ぼしてしまいます。地味な作業のように見えますが、仮織りが、その後の織物としての出来を左右すると言っても過言ではありません。
この作業によって、染色前の白い経糸は、適度な隙間が開いたシートのような形態に整えられます。

秩父の織物

このあと、仮織りされた経糸には、型染め(ほぐし捺染)が施されます。
完成した反物に染めを施す「後染め」であれば、布地の表面だけが着彩されるわけですが、「先染め」であるほぐし織の場合、染める対象は、反物のように見えて反物ではなく、あくまでも「仮織りされた『経糸』」。この方法だと染料を(表面だけではなく)糸一本一本にしっかりと浸透させることができ、深い色合いが表現できます。
このため、最後に本織りしても、ほぐし織の生地に表裏ができることはありません。

染め上がった経糸のシートは蒸して乾燥させ、さらに糸の調整(巻き返し)を行い、ようやく本織りの工程へ。
本織りは、経糸のシートにそのまま緯糸を織り込んでゆくわけではなく、仮織りの緯糸をほぐし(取り除き)ながら、本織りの緯糸を織り込んでゆきます。機械織りながら、美しい布地を織り上げるためには、気温や湿度を把握し、糸の張り具合などを調整してゆく職人的な勘と技が必要になってきます。
こういった工程を見ていると、完成までに驚くほどの手間が掛けられていることがわかります。

秩父の織物

工藝の制作風景というのは往々にして崇高なものですが、新啓織物さんの工場の空気もすばらしいものでした。機織機が稼働する音の中で、ああ、こうやって美しい布地が織られてゆくのだなあ、と、ただ感心するのみ。
やはり、モノづくりの現場には実際に足を運んでみるべきだし、「知る」とはこういうことなのだ、と実感する旅になりました。