第20回 愛媛の注連飾り

愛媛の注連飾り

お正月に年神様を迎えるために、玄関に飾る注連縄―。
年末年始の短い期間のために用意する注連飾りは形式的な装飾だと思われがちですが、実際に玄関先に提げてみると、不思議と厳粛で清らかな気持ちが生まれてくるものです。
日本文化のベースにあるのは紛れもなく農耕という生業であり、中軸を担ってきたのが稲作。その成果である稲を使った祭祀の造形が、日本人の心に目に見えない作用を及ぼすのは当然のことかもしれません。
時代が変わり産業構造が変わっても、“豊葦原の瑞穂の国(トヨアシハラノミズホノクニ)”という美称を掲げていた古い時代の記憶が、我々のDNAのどこかに眠っているということでしょうか。

愛媛の注連飾り

上甲清さん(愛媛県西予市在住)が制作する美しい注連飾りに出会ったのは、4年ほど前のこと。
東京の簡素な輪飾りに慣れていた僕は、初めてこのお飾りを目にしたとき、それまでにない衝撃を受けました。あまりに堂々たるたたずまいなので、てっきりそれが愛媛南部の伝統飾りだと思いこんでしまったのですが、実はこちら、いろいろな注連縄の綯い方を研究した上甲さんのオリジナルなのだそう。
稲藁で輪を結び、そこに宝結びという形状の藺草の飾りを添え、さらに豊饒の印である稲穂を下げる。特筆すべきは、このお飾りを作るために、丹精込めて稲を育てているということ。収穫の後のあまりものを使うわけではなく、この飾りのためだけの田圃で一年かけて稲を育てるのです。こうしたこだわり(=作り手の矜持)は、作品の美しさにそのまま反映されているように思えます。

愛媛の注連縄

以前、実際に上甲さんのもとを訪ねた際に、作業の様子を見せてもらったことがあります。
両手で稲わらを挟んで力強く縄を綯い締める工程は、僕には、まるで祈りをささげる崇高な行為のように感じられました。
丹念に育てた稲を自らの手で丁寧に造形してゆく作業は、今年の実りに対する感謝とともに翌年の豊作への願いが込められたものなのでしょう。オリジナルだとは言うけれど、上甲さんのお飾りは、注連飾りが持つ本来的な意味合いをしっかりと捉えて制作された“逸品”だと思います。

愛媛の注連縄

ここでは、僕が直接お会いした上甲さんの作品を紹介しましたが、最近は、さまざまな地域のお飾りをならべる工芸店が増えています。
注連飾りはかつて、地域の風習や文化を体現する形で地産地消的に制作されていたものですが、作られた地域にこだわらず、気に入ったデザインのものを自由に選んで飾ってみるのも、現代流のお正月の迎え方としてはアリかもしれません。そして、そのことは、さまざまな地域の作り手を応援することにもつながりそう。
年末の忙しい時期ですが、みなさんも、いろいろなお店を回って、自分が美しいと思える注連飾りを手にしてみてはいかがでしょうか。

それでは、どうぞ良いお年を!