忘れ得ぬ客と器と時代

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ぼくにとって、もっともうれしかったのは、こういう話です。

伊勢屋美術その“もの”は、たまたま、あるところでぼくが買った。でも、誰でもが買えるものではあったんですよ。それは、本当に世の中に一個しかない、珍しいものの中でも、本当に珍しいものだったんです。ここのお店の地下にある茶屋で、その一個のための催しをしたくらい。たくさんの方が見にいらした。そして、それは、お客さまの手に渡り、展覧会などに出品されるようになる・・・そして、これはすごい、ということになると、私自身も非常にうれしい。そりゃ、品物を安く買って高く売れたのも、うれしいことではありますが、それよりも、ぼくが世の中に出した、という思いがあるんですよ。

伊勢屋美術・・・ああ、それは、薩摩切子の紅色脚付杯です。江戸時代のもので、銅触媒のものは、世の中に出てなかったんですね。ところが、昔の写真には載っている。それが、出てきた。それは、嬉しかったですよ。見つけ出す喜びは、われわれの仕事の中でも、非常に大きな満足ではありますね。どの業者さんでも、一点や二点、かならずそういう経験はあるでしょうね。お金が儲かったから喜ぶ、というよりも、認められて世の中に出てくる、という喜びですね。

お客さんは、どうしても欲しかったものが手に入ったときは、子どもがおもちゃを手にしたときみたい・・・展覧会に飾られることになると、バレエを習っている自分の子が、舞台に出るみたい・・・。

でも、この仕事、一点買って、一点売るというのは難しいんですよ。こんなものないかなと、お客さんに頼まれる。これなら間違いないだろうと思って、おすすめすると、「ちょっと、違うなあ」。その一言で、売れなくなってしまう。本当に、それは、難しいですよ。いつになったら、そういうことが、わかるのかなと、思いますねえ。

 

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全国版コラム 今日もアンティーク日和

伊勢屋美術・ギャラリー壽庵

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