オークションの秋

我が家のベランダでは、ツマグロヒョウモンチョウが次々とスミレから羽化し、秋がみるみる深まる毎日。遠く離れたドイツでは、古書オークションの季節だ。数々あるオークション会社の分厚いカタログを片っ端から読み、在庫にしたいものがあれば入札し、仲介ご希望のお客様とも連絡を取りつつ、開催中は出来れば中継で見守り、結果をチェックし、落札できていれば即座にその時々の最も安全な方法で送金し、荷物を待つ。これがオークションにかかわる古書店の仕事である。

いずれにしても、カタログをあれこれこの一ヶ月間読みまくっているが、他の仕事もあるため疲弊している。なぜカタログを読むのにそんなに時間を割くかというと、本の場合、構造が複雑なので状態の見極めが困難だからだ。例えば、装幀が違うだけで、値段(評価される価値)が全く変わってしまう。シミやチャバミ、破れなどの状態はもちろん、ページに欠けがあるかないかなど、ポイントはいくつもある。どのオークション会社も山のように出品物がある上に、会社としての信頼を勝ち得るため誠実な記載を心がけているので、長い説明が多く、全部チェックするのは不可能なほどだ。

また業者にとっては、洋の東西を問わず、競りの結果を記憶し相場感をつかむことが、非常に大切なことである。20〜30年前には高価に取引されていたものが、今は相場が下がっていることもよくある。海外で人気で相場が高いものが国内では全く引きがないこともしょっちゅうだ。お客様から買い取りのお話があれば、そのような事情についても説明するのは大切な仕事だ。また、熱心な二人が競り合えば、評価額を大きく上回るのは日常茶飯事。そう、物の価値は実は一定ではないのだが、このことに慣れている商人と、買い手の間ではしばしば諍いが起こってしまう。

そして、この時期は日本では読書週間。毎年神田では古本まつりが盛大に催される。ところが、今年はコロナのせいで中止になってしまったらしい。反対に、私の所属する石川県古書籍商組合は、ここ金沢で久しぶりに大々的に古本まつりを開催した。新聞の取材も入り、理事長は、数ヶ月前の緊急事態宣言のとき、新刊本屋が営業している傍で古本屋は「趣味的」として自粛させられたことに対する疑問を語られた。催事は新聞効果もあってか、思いの外、大入りだった。会場がとても広い場所なので、人と人の距離もしっかりと取れる。嬉しかったのは、どうやらお客様の多くは地元の人であったことだ。毎年神田の古本まつりに出かけるのを楽しみにしておられる方も今年はこちらへ。目録からのご注文で名前だけしか知らなかった方や、お電話だけでお話したことのある方。お互い近くにいるのにとても久しぶりに会う方々。ある女性には、「あなたたちはこの10年ほどどこに隠れていたの?」と問いかけられた。東京の古書組合の方もいらしてくださった。

日本は大丈夫みたいだと、遠方の友人や同業者(Kollege)に便りをしたくなった。ところが、その直後、欧州から雲行きの怪しいニュース。弱小業者の私には仕入れ資金は雀の涙なのだが、微力でもシーンを盛り上げたくて、今日開催のオークションでも土壇場で入札した。