大きな本と小さな本

我が家の小さなベランダには四つの薔薇の鉢がある。その中の一つに今年花が咲いた。ロサ・ムンディという薔薇だ。そもそもは16世紀に作られた品種で、その名前は「世界の薔薇」を意味する。「物語」と空想好きな私としてはぜひ育てたいと手に入れたものの、世話を全くしないせいで何年も咲かなかった。花びらには見事に絞りが入り、香りも素晴らしい。しかし、よく見ると、この花はロサ・ムンディではないのかも・・・という気がしてきた。多くのロサ・ムンディの写真と比べてみるに、花びらの数が多すぎるのだ。まあ、いいか、詩人リルケの大好きな薔薇の詩に出てくる薔薇は花びらの数が多いから・・・などと考えながら、次々と咲く花を数日楽しんでいると、あっという間に花期が終わってしまった。その後、湿気のせいか葉の元気がなくなり、茎の先端にアブラムシが日々列を成しはじめた。向かい側の鉢には、山野草があれこれ植えられたままほったらかしなのだが、為朝百合が去年よりひとまわり小さく、でも元気に伸びてきた。

薔薇と百合といえば、書物の世界では、ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテである。彼は18世紀半ばにベルギーに生まれた植物学者であるが、ナポレオン1世皇后ジョゼフィーヌに仕え、彼女の薔薇園に出入りしたりして、多くの植物図譜を制作した。中でも、1817年から1824年にかけて出版された『薔薇図譜』はとても人気が高い。そんなルドゥーテは、『薔薇図譜』の前には『百合図譜』を出していた。これは1802年から1816年にかけて、つまり14年もの歳月を費やして刊行された書物で、百合科の植物が広範囲に記されている。この図譜が、とにかく巨大である。ルドゥーテ作品の中では最も大きな書物なのである。弊店が在庫している数葉は、540mm x 355mm前後である。現在、ニューヨークの古書店が完本を市場に出しており、データを見ると大きさはほぼ同じであった。装幀は、「赤色のモロッコ革の当時のもの」とある。手元の数葉から本の形を空想した。

同じくルドゥーテの『百合図譜』よりオニユリの図譜。大きな本も在庫してみたいが、大枚叩いて在庫して、貧乏な私の本棚でシミだらけになったり状態が悪くなるのが、ありありと空想出来て恐ろしい。大きな本は、現代の日本の空間には合わないと感じることもしばしば。ところで、古書のサイズは紙の大きさを測るのが慣例。

 

コロナ禍のせいか海外送金に今までにないほど手間取った荷物が、二ヶ月ほどかかってようやくドイツから届けられた。30冊ほどの児童書である。そのうち9冊は、1810年ごろから1870年にかけての文庫本ほどの大きさの小さな本で、その小ささ故に段ボール箱の上方に梱包されて置かれていたので、箱を開けて最初に手に取ることになった。包装紙を開けると次々とあらわれる小さな本。紙装、厚紙装、マーブル装、革装、版元装・・・。19世紀ならではで、装幀は多様だ。中には版画の挿絵がひっそり隠れている。もちろん鮮やかな手彩色や、落ち着いた色合いの多色刷りのものも。ページを繰っては探し、小さな世界を覗き込んでいると、心の底から喜びが湧いてくるのを数日ぶりに感じた。大きな本も良いが小さな本も良い。版画も良いが本の中に版画の挿絵が入っているのも楽しい。

今回入荷したうちで一番小さな本。72x92mmの大きさ。フランスの1809年の『A B Cの本』。写真はAの「水やり(arrose)」の挿絵。小さな本は、西欧でもとても人気がある。表紙は本体を守るためだけに製本工房で簡易に作られた布装だが、簡素な表紙の中に豊かな世界が広がっているのも、本の魅力の一つだ。

 

17世紀チェコの教育学者コメニウスがニュルンベルクで1658年に出版して以降、18世紀半ばまで数カ国語に訳され大ベストセラーとなった教科書『世界図絵(Orbis pictus)』の1832年版の「花」の項目の挿絵。解説は代表的な花々の名前の羅列で、挿絵真ん中にある薔薇は「100枚の花弁を持つ薔薇」、百合は「白い百合」とある。百合は挿絵右下だろうか?