「桃日和」制作秘話

ずっと以前から、たくさんのお客様にリクエストいただいていたモビールのテーマがあります。それは、ひなまつりのモビールです。こいのぼりと同様なかなか本物の雛人形を飾ることが難しくなった今、モビールで手軽に飾れたら良いのにという声を数多く頂いておりました。ただ僕自身が男性ということもあり、ひなまつりの文化を通っていないため、うまく作れる自信がなく、せっかくなら女性のクリエイターにお願いできたらとずっと考えていました。ですが、なかなか実現できないまま、毎年気がつくと月日だけが流れていき、「また今年も作れなかったなぁ」と、いつもひなまつりの時期が来ると、なんとなく後ろめたさを感じていたのです。

そんなある日、2年前の初秋の頃、Instagramから突然一通のメッセージをいただきました。東京の女性デザイナーの方から、出展する展示会へのお誘いの文面でした。コロナウイルスの騒動が始まった年でもあり、結局その展示会に行くことはできなかったのですが、Instagramから展示会の様子や彼女が作る作品は見ることができました。ほとんど全てが花をモチーフにした抽象的な作品で、一目見ただけで独創性があることは分かりました。マリメッコに代表されるような北欧のテキスタイルや、マーク・ロスコなどの抽象画家の影響が垣間見えましたが、一方でその模倣に堕しないようにあえてコミカルな雰囲気を前面に出しているようにも見えました。すぐに、ひなまつりのモビールとその作品が結びつきました。モビールも知育玩具として考えれば、やはりどこかにコミカルさが必要なのです。また、ひなまつりを象徴するのが桃の花のモチーフなので、すべてのパーツを花をモチーフにして作ったら面白いかもしれないと思いました。こうして最初にメッセージをいただいてから一ヶ月後ぐらいに、今度は僕の方から「一緒にモビールを作りませんか?」とメッセージを送ったのです。

こうして、それまで面識のなかった東京のデザイナー・まちだ美穂さんと一緒に、ひなまつりのモビールを作ることになりました。まずはモビールの実物を見ていただき、構造と手法を理解していただいた上で、いくつかラフ案をいただきます。そのラフ案を元に、少しずつ形や構成を整えていきます。

最初にいただいた3種類のラフ案。この中からA案に絞り、ブラッシュアップしていきました。
最初にいただいた3種類のラフ案。
この中からA案に絞り、ブラッシュアップしていきました。

早速描いていただいたラフ案は思っていた通り、個性的でとても素敵でした。毎回、新しく作るモビールはこれまでのラインナップには無いものにしたいと考えています。同じテイストのものが2つあってもあまり意味がないので、どこかにそのモビールを作る必然性がないといけないと思うのです。お内裏様とお雛様を具体的に描くようなモビールであれば、描くべきものは決まっているので、作りやすかったかもしれません。でもそれは今この時点で作るものではないと感じていました。ひなまつりの世界観を抽象的な花のみで構成すること。この難しい要求に、まちださんは見事に応えてくれたのです。

その後もメールで相談し合いながら、具体的な形と構成を考えていきました。気をつけたのは、抽象的になりすぎないこと。抽象と具象の絶妙なバランスを見つけることを意識して、やりとりをさせていただきました。そのことは特に言葉にしていないのですが不思議と伝わっていて、これまでご一緒したどのクリエイターの方でもそうですが、共通のイメージを感性で捉えてくれているのが分かります。こうして唯一無二のひなまつりモビールが見事に完成しました。実は完成までの間、まちださんとはお会いしておらず、メールだけのやりとりで製品のリリースまで行いました。その後、コロナウイルスも少し落ち着きを見せたので、初めて東京に行くことができ、本人とお会いすることができました。どうやってあの独創的な作品を生み出してるのかを聞くと、タブレットに入れたイラストが描けるアプリに、抽象的なパーツ(それだけでは意味を成さない形をしたもの)を何個も描き溜めておき、それを後日、組み合わせて一つのイラストを再構成するということでした。感じていた独創性は手法からだったと分かり、ますますまちださんの生み出す作品が好きになりました。

完成したモビール。春を感じさせるデザインで、ひなまつりを過ぎても飾れます。和室にも洋室にも合います。
完成したモビール。
春を感じさせるデザインで、ひなまつりを過ぎても飾れます。和室にも洋室にも合います。

完成したひなまつりのモビールは「桃日和」と名づけました。単体で飾っても素敵ですが、雛人形と一緒に飾っても、和の雰囲気を損なわずに素敵に飾ることができます。今年ももうすぐひなまつりの時期がやってきます。女の子たちの節句の記憶の中に、モビールを見た情景も残ると嬉しいです。

お客様からいただいた、実際に雛人形と飾っていただいた写真。和の雰囲気にもぴったり。
お客様からいただいた、実際に雛人形と飾っていただいた写真。
和の雰囲気にもぴったり。

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まちだ美穂 プロフィール

東京在住のデザイナー。日常で感じた心が踊る瞬間を、お花のパターンを通して表現している。
ワクワクするコミュニケーションが生まれるようなものづくりを目指しながら、FLOWER RIBBON SHOPという名でオリジナルのハンカチも販売中。東京造形大学テキスタイルデザイン専攻卒。

HP https://machidamiho.amebaownd.com/
Instagram @miho.m.0802