ヨーロッパのモビールと向き合って

今年の2月にこれまでとは異なる種類のモビールを発売しました。以前「心境の変化」と題したコラムで書いたモビールがようやく実現したのです。詳しくは以前のコラムをご一読いただきたいのですが、これは僕にとっては大きな挑戦でした。棒の両端にパーツがついた、言わば普通のカタチのモビールです。このもっともポピュラーな形のモビールで、ヨーロッパの模倣ではないオリジナルの製品を作るというのが新しい挑戦でした。

完成した棒のタイプのモビール。左)ねこ 右)かもめ
完成した棒のタイプのモビール。左)ねこ 右)かもめ

ヨーロッパのモビールの模倣にならないためには、二つのクリアすべき条件がありました。一つは構造の面、もう一つはデザインの面です。構造についてはもうだいぶ昔からずっと考えていたので、以前のコラムを書いた時点では概ね決まっていました。棒の部分は紙ストローを使い、できる限りシンプルなデザインのパーツを3つ取り付けられるモビールにすること。売価を2,000円以下の安価なものにすることや、お客さんが自分で作るキットタイプにすることも決めていたので、どうやったら簡単に作れて、かつコストを抑えられるかというのを考えながら徐々に詰めていき、最終的には他にはないオリジナルな構造のモビールができたと思います。

お客さんが作るキットタイプは初めての試み。組み立ての構造から素材まで全てオリジナルで考えました。
お客さんが作るキットタイプは初めての試み。組み立ての構造から素材まで全てオリジナルで考えました。

もう一つはデザインの面です。これまでにも何度か書いてきましたが、北欧やヨーロッパで生まれた棒のタイプのモビールは、デザイン性に重きを置いているのが特長です。そのヨーロッパのモビールと互角に対峙するには、どうしても秀逸なデザインが必要になってきます。棒の部分は、(そのデザインの観点から)余計な装飾や意味を持たないためにシンプルなものが多く、必然的に棒以外のモチーフパーツのデザインがモビール全体のクオリティを大きく左右することになります。自分でもいくつか描いてみたのですが、今回の案件にはミスマッチに思えました。今回求められていたのは、動物をごくシンプルな線だけで表現できて、なおかつ暖かみが残るデザインだったので、自分にはイメージできない表現でした。あと少しで製品化できるというところまで来て、またまた暗礁に乗り上げてしまったのです。

自分で描いたネコのパーツの試作。
自分で描いたネコのパーツの試作。

そんな時、偶然の出会いがありました。静岡に出張に行った際、モビールを取り扱っていただいているお店に挨拶で立ち寄ったのですが、たまたまその期間にポップアップを開催していた東京のデザイナー・井上加奈子さんと出会ったのです。井上さんは普段は主に服のデザインをされていて、その時も店頭に並べられたたくさんの作品を拝見させていただきました。可愛らしい動物が描かれた作品もあり、すぐにモビールを一緒に作りたいと思いました。そして兼ねてより保留にしていた棒のタイプのモビールを提案したところ、こころよく引き受けてくれたのです。

今回は貼り合わせはせずに一枚の紙をカットするだけのものにしたかったので、本当に最小限の線だけでどこまで表現できるかが鍵でした。井上さんは僕が思っていた以上のものを描いてきてくれました。とてもシンプルなのに、躍動感やユーモアがあって、動物たちが生き生きとしています。これはデザインからデザインへの模写ではなくて、動物や自然そのものをじっくり観察した上でないとできないデザインだと思います。そして、それはシンプルな表現にするほど難しいのは言うまでもありません。今回のイラストを描くために、動物園にも足を運んだというお話も聞きました。具象を抽象化する(デザインする)際に、本質的な部分を残すには、入念な「観察」が必要なことを改めて思い知らされました。

井上さんによる手描きのスケッチ。
井上さんによる手描きのスケッチ。

昔に作られたヨーロッパのモビールは、時代的にデザインが無機質に感じます。井上さんのおかげで、温かみが残る現代的なデザインに更新できたことは、本当に大きな喜びでした。井上さんとはすでに第二弾も必ず作りましょうと約束しました。長年避け続けてきた棒のタイプのモビールに一つの答えを出せたことは、僕にとって大きな力になりました。今後も日本の優れたクリエイターの方々と協力して、オリジナルな製品を作っていきたいと思います。

モビール

 

井上加奈子 プロフィール
1989年 神奈川県生まれ。多摩美術大学テキスタイルデザイン専攻で染織を学ぶ。
2014年、アパレルブランドとして自身の名前を冠した「Canako Inoue」を立ち上げる。
日々の些細な出来事に目を凝らし、自然や日常の風景、
動物や植物をモチーフに想像を交えて、のんびりとやわらかい視点で描く。
プリントや刺繍を施したテキスタイル・アパレルのデザイン、
イラストレーションを手がけている。
HP:https://www.canakoinoue.com/