昨年の終わり頃に、名古屋の美術館で開催していた展覧会「民藝 MINGEI-美は暮らしのなかにある」を観てきました。「民藝」とは「民衆的工藝」の略語で、約100年前に思想家・柳宗悦が中心となり起こした運動のことです。日本各地の無名の職人の手から生み出された日常の生活道具に美を見出し、美術品にも負けない美しさがあると唱えました。当時は工業化が進み、大量生産の製品が少しずつ生活に浸透してきた時代でした。日本各地の「手仕事」の文化が失われて行くことを案じ、より良い生活とは何かを民藝運動を通して追求したのです。会場にはたくさんの民藝品があり、手作業でしか作れない意匠を凝らした品々に圧倒されました。現代に暮らす自分が、どれだけ量産されたものに囲まれて暮らしているかを思い知らされたのです。

じつはその民藝運動に先駆けて、19世紀のイギリスでも同じように工業化に抵抗し、手仕事への回帰を訴える運動が起きていました。詩人でありデザイナーでもあるウィリアム・モリスが中心となって起こしたアーツ・アンド・クラフツ運動です。僕もモビールを作り始める前、ウィリアム・モリスのことが頭にありました。以前も書きましたが、モビールを作り始めた理由は、大量生産品ばかりが溢れる世の中に息苦しさを感じていたからです。時代は異なりますが、モリスや柳宗悦と同じような憤りを僕も感じていたのです。
モリスと言えば、植物や動物をあしらったテキスタイルのパターンが有名です。当時のパターンは今でも壁紙などの商品に使われているので、よく目にすることが多いのですが、実際にモリスが語った言葉はこれまでほとんど読むことができないでいました。調べてみても大昔の文献が少しあるだけで、手軽に読めるものは見当たらなかったのです。ところが今回、民藝の展覧会を見て、久々にウィリアム・モリスのことを調べてみると2023年に貴重な文献が出版されていたことを知りました。モリスが実際に語った内容をまとめた講演録です。モリスに関しての解説書はたくさんありますが、自身の生の声が読める書物はほとんどなく、これまで解説書で我慢していた僕にとっては、とても嬉しい喜びでした。

タイトルは『小さな芸術』。絵画や彫刻など美術館にあるような〈大きな芸術〉と対比させて、身の回りにある生活用品などに宿る日常の美について表した言葉です。モリスが講演で一貫して述べていることは、昔は身の回りにたくさんあったその〈小さな芸術〉が、産業革命以後の機械化・分業化によって、失われつつあるということです。そして、それを容認すれば、今後益々失われていくということを強く訴えています。この本にも出てきますが、モリスが残した最も有名な言葉に以下のようなものがあります。「有用でも美しくもないものを家に置いてはいけない」。資本主義は、その性質から、要らないものを欲しいと思わせて作り続けないと回りません。モリスはそのことを嘆きました。質素でも丁寧に作られたモノに囲まれた暮らしがあれば、それだけで豊かに暮らすことができるのに、と。「幸福の秘訣は、日々の暮らしのあらゆる細部に純粋な感興を覚えることにこそある」。僕も心からそう思います。
ものづくりとは、突き詰めれば「思考の深さ」だと思うのです。これまでたくさんのクリエイターと仕事をしてきてそう思いました。モリスの思想が敗れ、なぜ資本主義が残ったのか。その疑問から僕のものづくりは始まりました。職人やクリエイターの魂から生み出された〈小さな芸術〉を、もう一度主流にするためにはどうすればいいのでしょうか。民藝展やモリスの講演録が出版されるなど、今また手仕事を求める声は高まっています。資本主義の限界が問われている今こそ、モリスや柳宗悦の思想に触れてみてはいかがでしょうか。
