たまごの図譜

イギリスで1990年代に出版された、古書の入門書(Antiquarian Books. A Companion for Booksellers, Librarians and Collectors. Ed. by Bernard & al.)を読んでいると、「エリーザーとエリザベスのアルビン父子」の『鳥類博物学』について熱意を込めた記述がなされていて、嬉しくなった。1731年から38年にかけて出版されたこの本は、いわば鳥の本の中で初めて手彩色によって図版に色付けがなされたものである。(註1)彩色は、著者エリーザーの娘エリザベスによっておこなわれた。そのことが、古書業界で名高いこの書物にいっそう深い物語性を付与し、人々に感動を与えている。実際じかに目にすると実に美しい。(註2)

博物学の書物の世界で、鳥の図譜もまた特別な分野だ。多くの種類の動物が存在するなか、鳥だけが独立して一冊の本にまとめられていることは、西洋では珍しくない。そんな鳥の本を見ていると、いつも不思議に思う図版がある。それは、卵の図版だ。卵が描かれる際、お決まりのように宙にぽかんと浮かんだ状態で、様々な書物に登場するのだ。巣とともに描かれていることもあるが、多くは卵だけが、背景を持たず余白をともなって描かれている。目にするといつも異様な気配を感じるとともに、芸術的な美しさを感じる。初めて見たときは、シュールレアリスム芸術を連想してしまった。

ルーウィン『イギリスの鳥類とその卵』第二版(1793年)の卵の図譜
ルーウィン『イギリスの鳥類とその卵』第二版(1793年)の卵の図譜

中でも印象的な卵の図譜は、ウィリアム・ルーウィンによるものだ。彼の『イギリスの鳥類とその卵』は、1789年から1794年にかけて出版された。七巻本で初版は60部だった。驚くべくは、その全ての図版を著者が描いたことだ。図版は323枚である。したがって、合計19,380枚も彼は描いたことになる。その後すぐに彼の描いた図を元に息子たちによって銅版が彫られ第二版が完成したが、そちらも部数はたったの150部であった。ルーウィンの用いた水彩絵の具は長期保存に耐えず、多くは状態が悪くなりほとんど現存していない。第二版でさえ、その部数の少なさゆえに珍しい。数年前、運よく初版の卵の図譜を見つけて、すぐさま取り寄せた。実物が手元に届いたときは感動した。銅版画に丁寧に彩色された第二版に比べると、素朴なのっぺりとしたタッチで、珍品の様相を呈している。眺めれば眺めるほど面白かった。

ルーウィン『イギリスの鳥類とその卵』初版(1789~94年)の卵の図譜
ルーウィン『イギリスの鳥類とその卵』初版(1789~94年)の卵の図譜

 
(註1)カラー印刷の技術がない時代に書物の図版を作るためには、版画を刷ってその上から手彩色を施すのが慣例でした。とくに色彩の情報が重要な博物学分野の本にとって、彩色は重要だったと考えられます。とはいえ、博物図譜の歴史上で、彩色された図版をともなった書物が出版されたのは、ようやく18世紀前半になってです。それ以前の彩色図版入りの書物は、その裕福な持ち主が職人に彩色させた、いわば特注品でした。

(註2)親子でこの作品が作り上げられたことは、この書物の標題頁にも印刷されています。標題の下に、「エリーザー・アルビンによって出版され、彼の娘と彼自身によって、生きている数々の鳥を直に見て丁寧に描かれ彩色された」とあるのです。動物の図譜が、剥製を元に描かれることが多かったことを鑑みると、「生きている」というこの言葉もまた強い主張を持っていると考えられます。