ドイツのタイポグラフィー

 10月の二つの展示のことで頭がいっぱい。金沢(石田屋がまだん)と京都(画廊ぐれごりお)で展示をさせていただくことになっている。あわせて目録を発行することにしたので、毎日髪を振り乱して頑張っているが、なかなか原稿が揃わず編集のかめなくや(龜鳴屋)さんを困らせる苦しい日々である。

 真夏の暑い暑いある日に、小幡英典さんに目録用商品の写真撮影をしていただくことになった。小幡さんは、かめなくやさんの本造りには絶対不可欠な人物。私の小目録になぜ小幡さんが!というと、私の下手な写真を使うと、かめなくやさんの編集意欲がゼロになるからである。金沢の老舗活版印刷工房の尚榮堂さんご夫妻も訪ねてくださり、楽しい一日だった。

 が、終わってから冷静に考えてみると、今回の目録に必要でない写真も撮っていただいてしまったことに気づく。そして撮っていただき忘れた写真も沢山。無計画な自分のことが心底嫌になる。そんなところへ、川島隆さんから目録に寄稿していただく素敵な原稿「本を手にした女性たち」が届いた。

 今回の目録には、ドイツの1910年代から40年代くらいまでの書体を取り上げることにした。固有名詞で言うと、ルドルフ・コッホ、カール・オットー・チェシュカやシュテファン・ゲオルゲなどなど。

 特にゲオルゲと書体のことは調べてみたら面白くてたまらなくなった。彼は、本来は詩人として有名だが、独特の文字を手描きすることに凝っていて、その文字をもとにして活字まで作った人物。ドイツから遠く離れた日本にいる私からすると、彼の手描き文字は女子高生的というか、かつて流行った丸文字(るんるん文字)風にも見えて当初笑ってしまっていたのであるが、次第に不思議と強く惹きつけられるようになって、先の二月に渡独した際にはファクシミリ版のダンテ『新曲』(限定300部)などを手に入れることができた。もちろん一番手に入れてみたかったのは彼の直筆であったが、これはどうもドイツ人にとっては非常に重要な意味を持つもので、ものすごい勢いで競り上がるので私には手が出なかった。競売席で隣になったダルムシュタットから駆けつけた中年男性が、「彼の手描き文字は特別なものなんだ・・・」とため息をつくのに、神妙な顔で相槌を打ってみせたほどに、以前よりは成長した私なのであった。

 ゲオルゲは、美しい本を作ることにこだわった人物でもある。

 ドイツ・モダニズム時代の重要なタイポグラファーといえば、ルドルフ・コッホである。彼の書体は立原道造にも影響を与えた説があると聞く。今回その書体の数々をじっくりと眺めてみるうちに親しみも湧いてくるようで嬉しかった。目録の冒頭には、ルドルフ・コッホが、もう一人の「ルドルフ」、ルドルフ・ゲルストゥングと造った、シラーの『鐘の歌』(革装、限定100部の8番)を載せることにした。整然と並ぶ美しい活字の合間に、全ての頁上に、手描きの飾り文字や装飾が施されている。革の装幀は、早逝の女性装幀家ドーラ・トルメーレンによる。胸を打たれる一冊だ。これこそまさに、1500年以前、ドイツでグーテンベルクが活版印刷を発明した直後の時代精神(インキュナブラ)を復興して造られた本、機械と人間の手仕事が紙上であたたかく調和した作品と言えるだろう。