古書交換会


 「あ、髙橋さんドイツ書出たよ!」石川県古書組合主催の12月14日の古書交換会での一コマ。見て驚いた。『芸術(Die Kunst)』という美術雑誌の1910年の4月号、1911年の6月号と9月号の三冊だったからだ。数年前、「ドイツ語圏の美術雑誌」というテーマの研究プロジェクトに入れていただいて調べたことがあったので、偶然知っていた雑誌なのだった。
 神田での修業時代から散々経験してきたことだが、戦前の西洋の本が日本の市場で見出されるのは、決して珍しいことではない。とは言っても、これは何度経験しても驚きたくなる。戦前日本がドイツの文化や技術などを受容していた生々しい痕跡である。それらの古い本は、最近海外からやって来たのではなく、大抵刊行当時海外からやって来てずっと日本にあったものなのだ。創立の古い図書館にはそういった本がたくさんあるが、実は現在の古書市場にだって溢れているのだ。

 「古書交換会」という、一般の方には分からない言葉を何の説明もなく使ってしまった。少し説明してみたい。
 古本屋さんは普段どのように商品を仕入れているかというと、主にはお客さんからの直接の買い取りと、古書交換会という場で仕入れるのである。古書交換会には古書組合員である古書籍商だけが参加出来、「市会(いちかい)」あるいは「市(いち)」とも呼ばれ、全国各地で開催されている。そこでは、古本屋さんは本を仕入れることも出来るし、他の組合員に譲ることも出来る。取引は入札や競りによる。古書交換会にはいつも数多くのあらゆるジャンルの本が溢れ、経験の浅い組合員には勉強の場でもある。

 日本の古書組合は、この古書交換会を中心にして活動をしているが、私はこの仕組みを知ったときはとても感動した。なぜなら、古書交換会によって古本屋さんは相互扶助的に働きながら個人主義に陥ることを避け、一人の力ではなく組合という全体の力で「本」という財産を守っているように思えたからである。

 本来「本」という商品ジャンルは、それぞれの分野が専門的に深くなってしまうゆえに、古本屋さんは専門性を持たざるを得ないが、それを可能にしているのがこの古書交換会である。世界に一つしかないような貴重な物を持ってしまったとしても、自分が持ち主を見つけることが困難である場合は、自分よりも専門性の高い相手に古書交換会を通して譲ることが出来る。
 古書交換会に出品された全ての本は、一人ではない複数の人間の記憶に刻み付けられる。本の評価は、入札や競りによって付けられる。ある蒐集家のもとにあった本も、その蒐集家が一生を終えた時古書交換会に戻ってくることで、再びその本に見合った専門性を持つ古本屋さんのところへ旅立つ。こうして本は、一人の持ち主よりも遥かに長く生きながらえる。
 最近蔵書整理の相談を受けることがしばしばある。本が大量に手元にあって整理したいと考えておられたら、まずは最寄りの古書組合(全国古書籍商組合連合会、通称全古書連と言います)加盟店の古本屋さんにご相談ください。一見小さなお店に見えたとしても、古書組合員であればそのお店の後ろに無数のネットワークが広がっている。そのネットワークの中に本を入れてやりさえすれば、簡単に捨てられることは決してないのだ。