オイシイモノ紀行 四国編

関西の夏から初秋、膳の花形といえば、文句なし鱧(はも)でございましょう。瀬戸内から九州沿岸で盛んに獲れるので、当地も期を迎えると魚屋さんに盛大に並びます。

 
鱧
 
姿は穴子に似た長細系で1メートル前後のものを用います。口が目より後ろにまでも食い込んだ獰猛な顔つきなのに、身といえばほんのり甘くて繊細そのもの。しかし小骨が多く、そのままではちくちくして到底食べられないので、三枚におろした身に皮一枚残してごく細かい切り込みを入れ、骨なきが如く骨ごと食べるのが鱧食の基本。これを鱧の骨切りと称し、職人の腕のみせどころです。一寸(3センチ)に切り込み26筋とか13筋とか言われますが、ともかく細かく切り込むことが肝要。そうそう簡単には食べさせんぞという鱧からのメッセージかと思ったりもします。

 
鱧
刺身、塩焼き、照り焼き、から揚げ、天ぷら。秋口には鱧松鍋(鱧と松茸の鍋)。全調理法対応型ですが、なかでも代表選手は一口大の身をしゃぶっとゆで上げる湯引きです。熱湯に落とした身が、ふんわり咲いた牡丹の花のように見えるところから、牡丹鱧という美しい呼び名があります。口当たりも花びらのようにふうわりとしていて、ふくむやいなや消えていくはかなさが値打ちです。頭や骨は吸い物の出しに。皮が残っていれば捨てないのが関西者の始末。照り焼きにしたりもして刻み、酢で和え、きゅうりもみの添えに使います。この鱧皮が大阪人の郷愁にまで昇華されている様子が明治文学、大阪道頓堀を舞台の上司小剣の小品『鱧の皮』に描かれています。東京に家出中の放埓者の夫が、働き者の女房に金の無心のついでに鱧の皮を送ってくれと頼むのです。「鱧の皮の二杯酢が何より好物だすよってな。・・・・東京にはあれおまへんてな」と、女房はあきれつつも周囲の目を盗んで小包をこしらえるという浪速夫婦の人情話。

 

丹念に刻み了(をは)んぬ鱧の皮 青木月斗
大粒の雨が来そうよ鱧の皮 草間時彦
 
この2句、小説の後日談のように思えてしかたありません。

 

湯引きのつくり方。骨切りした身を一口大に切り、熱湯に落とす。ちりちりっと花が咲いたらすぐに引き出し、氷水に落とし、くぐらせる程度で上げる。梅肉だれで賞味する。冷えすぎると、味も香りもふんわり感も失せてとろけません。冷の日本酒が合います。幸せ。

 

骨切りした身半身分で500円。
安東鮮魚調べ。
電話:089・931・3967
大本幸子(おおもと ゆきこ)

愛媛県松山市生まれ。中央公論社16年間勤務。後、編集事務所STUDIO OMT主宰。エディター& ライターとして、料理ジャンルの書籍・雑誌・PR誌制作にかかわる。ペンネーム大本幸之丞。
著作書籍に「おたずね申す、日本一」TBSブリタニカ、「泡盛百年古酒の夢」河出書房新社、「芋焼酎の人びと」世界文化社、「北島亭のフランス料理」日本放送協会、「簡単ではない」日本放送協会、「続簡単ではない」日本放送協会、「簡単だった!」日本放送協会など。「パスタ歳時記 片岡護」講談社 他、編集本など多数。

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