イタリア、ラヴェンナの悠久の時間を感じながら・・・モザイク散歩

京都造形芸術大学芸術学研究室勤務後、イタリア・ラヴェンナに渡りモ ザイク工房ココ モザイコにてアリアンナ・ガッロに師事。 工房ではモザイク技術の習得と同時に日本からのモザイク研修などをプ ロデュースする。帰国後は東京でモザイク工房モザイコカンポをオープン。 銀座・エコールプランタンや、イタリア語語学学校等でモザイク教室を 開講、美術館や大学でのワークショップも随時開催。
モザイコ カンポ/Mosaico Campo(東京)https://mosaicocampo.com/
ココ モザイコ/Koko Mosaico(イタリア ラヴェン ナ)https://kokomosaico.com/

Vol.13 足元の楽園

 vol.13 足元の楽園

 

春になったと思ったら、もうすっかり初夏ですね。最近、春がめっきり短くなったような気がしますが、大人になるにつれて4月始まりの生活スタイル、あのドキドキ感を失ったせいかもしれません。あのころは春どころか、一日が長かった・・・。

 

さて、今回のモザイク四方山話は、再び「足元」を見つめていきたいと思います。またかと思われた方、ご安心ください。今回は「私たちの」ではなく、「モザイクの」中に登場する「足元」。とくに聖人や天使、キリストや聖母マリアの足元に大注目してください。彼らが居る場所は、それはもう美しいパラダイスと決まっていますから、足元からは聖なる河が流れ出し、緑が溢れ、花々が咲き乱れるのは必然。なかでも、これらの表現が素晴らしいラヴェンナの作品をご紹介します。

 

ラヴェンナ サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂 聖女の列

ラヴェンナ サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂 聖女の列

 

まずはサンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂の聖女の列から見てみましょう。この聖女たち、つい麗しきご尊顔に目がいきがちですが、ぜひ足元を見てみてください。目にも鮮やかなグリーンのズマルトのグラデーション、赤や白の可憐な花々が美を誇ります。黄金の背景に、古代より栄養源として重用されてきたナツメヤシの存在感が映えますね。

 

ラヴェンナ サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂 東方三博士

ラヴェンナ サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂 東方三博士

 

聖女の列の先頭に居る東方三博士も、人間代表として頑張っています。キリストに初対面とあって、少々緊張気味なのは隠せませんが、攻めのファッションが頼もしいです。そんな最前列の博士の足の間にはこんなお花が。

 

ラヴェンナ サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂 足元の花

ラヴェンナ サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂 足元の花

 

力強い茎や葉を持った、赤い小花。黄色のテッセラでぐるりと囲んでいるおかげで、パッと背景の緑から浮き出て見えますね。離れて見るとその効果が分かります。モザイクという表現技法では、観者との距離がとっても大事なのです。右から出て来ているヒモは、お洒落な博士たちの靴の飾りです。

 

 

さて、次は同じくサンタポリナーレと名のつく聖堂、サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂へ。ラヴェンナの町中から少々離れた、長閑な田園風景(当時はクラッシスという港があったのです)の中に佇むこの聖堂。春先に訪れると、広大なお花畑が広がっていて乙女心をくすぐります。しかしなんといっても四季を問わず、輝かしきはモザイク!

 

サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂
サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂
サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂 正面左部分
サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂 正面左部分

 星空を背負った巨大な十字架(交差中央にはキリストのお顔が)の下で祝福を与えてくれているのが、サンタポリナーレ、つまり聖アポリナリス。一面の緑が目を奪います。個性的な枝振りをした木々が立ち並び、岩が転がり、岩の上には、またそれぞれ色も形も違う鳥たちが休息中。聖アポリナリスを囲むように羊と白い花が規則的に並び、羊と聖人の足元には赤い花。一つとして同じ花はありません。

 

サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂 足元の花

サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂 足元の花

 

ちなみにここの赤い花はとても愛らしくて、モザイク教室でも人気の図案なんですよ。テッセラがはっきり残ってくれていますし、背景のアンダメント(テッセラの流れ)も美しいので、練習にぴったりなのです。

 

 

さて、とうとう真打ち登場です。

 

サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂

サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂

 

ラヴェンナといえば、サン・ヴィターレ聖堂。左右の壁に描かれたユスティニアヌス帝やテオドラ妃のモザイクで有名なサン・ヴィターレですが、いえいえ正面も見てください。青い球の上に鎮座された若々しいキリストが天使や聖人、聖職者を従えていらっしゃいます。ここではキリストの足元から4本の青い筋が左右に分かれて出ているのが見えますが、これこそ聖なる4つの大河。豊かな水を緑の楽園へ送っていますね。よくよく見ると、水の流れの中に赤い小花が散っております。完璧にパラダイスです。

 

サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂 窓周りの幾何学模様も豪華

サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂 窓周りの幾何学模様も豪華

 

ここでもまた、例の白い花と赤い花が咲き誇っておりますし、左右下部ではそれぞれ鳥の追いかけっこ。不死の象徴、豪奢な孔雀が一羽ずつ描かれています。そんな縁起のいい鳥に永遠に追いかけられているなんて、羨ましい鳥です。

 

サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂 正面左

サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂 正面左

 

ほかの二つの聖堂に比べ、花の種類が多いように見えますね。まさに花畑。ルネサンス期の画家たち、例えばボッティチェッリなんかもこんなところから着想を・・・なんて妄想が止まりません。

 

 

今回ご紹介したモザイクたちは6世紀前後につくられたものですが、千数百年の時を経ても、まったく色あせません。これからいつまでその輝きを維持するのか、楽しみですね。

 

さて、いかがでしたでしょうか? 足元に広がる豊かなモザイク世界。全体を見るとただただ圧倒されるモザイクではあるのですが、細部だと比較的冷静にチェック出来るように思いませんか?

 

じつは、モザイクを「見る」というのは、なかなか難しいことです。聖堂はある意味、完璧に計算された舞台。とくにズマルトや金を使ったモザイク装飾で覆われた聖堂などは、圧倒的な光の力で私たちをイリュージョンの世界へと導きます。その場に足を踏み入れたら、ただただその美しさに呆然と・・・。

 

見上げると、さらに呆然

見上げると、さらに呆然

 

そんな忘我の境地に立てるというのは本当に幸せなことなのですが、欲深い私は、せっかくはるばる来たのだから、なんとかして何かを「見て」帰ろうともがくのです。「神は細部に宿る」なんてつぶやきながら、今回ご紹介した足元の表現や、隅っこやエッジの処理方法、衣服の模様に努めて注視するのです。結局いつもこんな細部の写真ばかりが手元に残り、もっと感覚に身を任せて優雅に空間を楽しめばよかったと後悔をするのですが、一方で、まばゆさの奥にある細部を見ることで得られるものも確かにあると信じています。あの奇跡のような空間をつくらせたのは、あるいは神の力というものかもしれません。しかし、細部を観察していると、図案を決め、色を選び、一つ一つのテッセラを割り、並べたのは同じ人間だということが実感でき、勇気づけられるように思うのです。

 

ユスティニアヌス帝のモザイク。右下窓の凹みに至るカーブの幾何学模様。さぞやつくりにくかっただろう・・・

ユスティニアヌス帝のモザイク。右下窓の凹みに至るカーブの幾何学模様。さぞやつくりにくかっただろう・・・

 

もちろんこれは最初の手がかり。その実感を心に秘めて、もっともっとたくさんの素晴らしいモザイクを巡り、体感し、いつの日か目と手(これがまた言うことを聞かない!)をなんとかして繋げられたら・・・いやはや、幸せですね。