イタリア、ラヴェンナの悠久の時間を感じながら・・・モザイク散歩

京都造形芸術大学芸術学研究室勤務後、イタリア・ラヴェンナに渡りモ ザイク工房ココ モザイコにてアリアンナ・ガッロに師事。 工房ではモザイク技術の習得と同時に日本からのモザイク研修などをプ ロデュースする。帰国後は東京でモザイク工房モザイコカンポをオープン。 銀座・エコールプランタンや、イタリア語語学学校等でモザイク教室を 開講、美術館や大学でのワークショップも随時開催。
モザイコ カンポ/Mosaico Campo(東京)https://mosaicocampo.com/
ココ モザイコ/Koko Mosaico(イタリア ラヴェン ナ)https://kokomosaico.com/

vol.10 アクイレイアのモザイク

 

前回、前々回とローマに残るモザイクをご紹介してきました。永遠の都ローマの、永遠の絵画モザイク。それはもう完璧な組み合わせ。ローマの玄関口、人通りの絶える事の無いテルミニ駅側のマッシモ宮、世界中から観光客が集まるヴァチカン美術館。活気溢れる空気の中で、古代ローマの栄華をモザイクに見つける。もう圧倒されずにはいられません。ローマは今も昔もスターですよね。

 

上2枚、Venezia,MestreからCervignanoへの行きと帰りの鉄道チケット、下2枚、駅とアクイレイア間のバスチケット
上2枚、Venezia,MestreからCervignanoへの行きと帰りの鉄道チケット、下2枚、駅とアクイレイア間のバスチケット

しかし、すべての街が永遠に栄え続けるわけではありません。今回はそんな時の流れを感じさせてくれる、素晴らしいモザイク遺跡をご紹介したいと思います。Basilica di Santa Maria Assunta。人口3000人、イタリア北東部の小さな町、アクイレイアにある聖堂です。

 

 

「アクイレイア」という町の名をご存知の方は少ないかもしれません。知名度は低いけれど、「アクイレイアの遺跡地域と総大司教座聖堂のバジリカ」として世界遺産に指定されています。ヴェネツィアやトリエステからの日帰り旅行にちょうど良い距離なので、ぜひ北イタリアへご旅行される方におススメしたいですね。

 

最寄りの鉄道駅、Cervignano A.G.駅(このAはAquileiaの略)から少し離れているので、まず駅前でバスに乗ります。20分ほど田園風景の中をバスに揺られると前方に聖堂の鐘楼が見えてきます。そうしたら適当な所で降車ベルを鳴らしましょう。

 

左手に見える鐘楼。
左手に見える鐘楼
鐘楼を正面から。
鐘楼を正面から

現在は海岸線が移動して田園風景が広がっていますが、アクイレイアが建設された当時(紀元前181年)、この町はアドリア海沿いに位置していました。その後紀元1世紀には第二のローマと呼ばれるほど交易や軍事の要所となり、それから4世紀にかけて繁栄を極めた古代のアクイレイアは、しかしそれから残酷な運命を辿る事になります。

 

あの1世紀のヴェスヴィオ山の噴火で悲劇的な最期を遂げた町、ポンペイとは真逆。ポンペイはその栄華のまっただ中を火砕流によってあっという間に埋没させられ、その為に当時の息づかいさえ聞こえるような貴重な品々を極めて劣化が少ない状態で現代まで遺しています。しかしアクイレイアは様々な民族による侵攻を受け、じわりじわりと衰退し、果てには残った建物さえ「採石場」として扱われ、そこに古代都市があったという痕跡が地上からすっかり消し去られていったのです。そして私たちの目の前にあるのは長閑な田園風景。

 

立派な鐘楼のこの聖堂も4世紀の聖堂の廃墟の上に、11世紀に建てられたもの。14世紀に手直しされ、すっかり綺麗なお姿。しかし、この聖堂が世界遺産に指定されているのは、この地上の姿の為ではありません。その理由は、少なくとも13世紀間地中に隠れていたとされる、地下の姿。20世紀初めに聖堂の床下から発見された、アクイレイアの栄華を伝える見事なモザイクたち!アクイレイアが元気だった、紀元314年に作られたものです。

 

聖堂。
聖堂
聖堂入り口から。
聖堂入り口から
聖堂内部。
聖堂内部

「南の部屋」、と呼ばれるゾーンの床モザイクです。柱と男性との比較でも分かる通り、本当に大きい。見学は透明の回廊の上を歩きながら。モザイク面から透明回廊までは50センチほど。この南の部屋には、個性的な海の生物づくしの賑やかな海の情景(実は魚に飲まれるヨナの物語)や、グラデーションが美しい動物や鳥、四季の擬人像や貴族の肖像などが美しい幾何学模様に囲まれて表現されています。

 

冬場は見学者が少ない。
冬場は見学者が少ない
足との比較でテッセラサイズ推測。思いのほか大きい。
足との比較でテッセラサイズ推測。
思いのほか大きい
海の情景。模様入りのエイや、巨大魚に
飲み込まれるヨナの姿も
海の情景。模様入りのエイや、巨大魚に 飲み込まれるヨナの姿も
クイレイアで1,2を争う人気の魚。実はキリストのアナグラム。
クイレイアで1,2を争う人気の魚。
実はキリストのアナグラム
ちょっとキリリとした鳥。テッセラが小さい!
ちょっとキリリとした鳥。
テッセラが小さい!
貴族の肖像。あっさりとした顔立ちに親近感を覚えます。
貴族の肖像。あっさりとした
顔立ちに親近感を覚えます

ずっと地中に隠れていてくれたおかげで、欠損等少なく、とても素晴らしい状態。本来あった場所でほぼパーフェクトな状態のモザイクを見られるなんて、とても貴重な事です。はるばる足を伸ばして来た甲斐があった、電車にバス、不安だったけど頑張って良かった・・・ここまで見て、きっとそう思われる事と思います。私も心からそう思いました。

 

しかし、ここで終わらないのがアクイレイア。どうぞ、お財布を出してください。3ユーロを握りしめて、入り口付近でおしゃべりに興じているスタッフさんに声をかけてください。「チケットください」と。ここまで無料だった事にもびっくりですが、たった3ユーロで更なる至福の空間へ。入り口は、聖堂に入ってすぐ左手にある木製の扉。その奥には「北の部屋」と呼ばれるモザイクゾーンがあり、他にも紀元1世紀頃の邸宅のモザイクを見る事が出来ます。ギギギ・・・と軋む扉を開けるとまず湿度に驚きます。むわっと。・・・後ろで閉ざされる扉、湿度たっぷりの無人密室、ローマ時代の繁栄、忘れられた古代都市・・・とちょっと訳が分からなくなりますが、足下を見ればそこはパラダイス。

 

案内が少ないので、見忘れ注意です。
案内が少ないので、見忘れ注意です
誰も居ない。
誰も居ない
巨大ロブスターが生き生きと。
巨大ロブスターが生き生きと
山盛りキノコ。近くには山盛りエスカルゴも。教室でも人気者。
山盛りキノコ。近くには山盛り
エスカルゴも。教室でも人気者
優雅この上ない対の青い鳥。
優雅この上ない対の青い鳥
この辺りは更に古く、紀元1世紀頃のモザイク。
この辺りは更に古く、
紀元1世紀頃のモザイク

「南の部屋」は上が聖堂身廊部分だったので、すっきりと開放的な雰囲気の中で見て回れますが、「北の部屋」は天井も低く、湿度も高く、まさに地下のローマ遺跡に踏み込む、といったおもむき。上に乗った建造物の下に隠れている部分も多いのですが、かえって地中から一部顔を覗かせるモザイクは、アクイレイアという数奇な運命をたどった町の歴史を思い起こさせてくれます。

 

すべてを見終えた!と外に出て新鮮な空気を吸ったのも束の間、つい先日ニューオープンした新しいゾーンがお出迎えです。聖堂正面、洗礼堂の横。ここは見学料1.5ユーロ。ラヴェンナの工房が修復を手がけて、2011年に公開スタートした空間。今のモザイクの修復・展示の方法が見て取れます。せっかくの機会ですので、どうぞここも楽しんでくださいね。

 

一部屋だけのニューオープンゾーン。
一部屋だけのニューオープンゾーン
現状キープが第一。
現状キープが第一
壁に美しい孔雀のモザイク。ぶどうもかわいい。
壁に美しい孔雀の
モザイク。 ぶどうもかわいい

最後に、聖堂の裏手に回ってみてください。お土産物を売っている小さな建物がひっそりと佇んでいます。ここが本当に素晴らしいお土産物屋さん。ここでしか購入出来ないようなアクイレイアについての資料がたくさん置いてあります。特に『I MOSAICI DELLA BASILICA DI AQUILEIA』という本は、モザイク好き必携の書。アクイレイアのモザイク写真で一杯です。壁には小さなお土産モザイクもありました。

 

素敵なたたずまい。
素敵なたたずまい
猫も住んでる

 ☆

 


 

20世紀にほぼ完璧な形で発見されて、公開されているアクイレイアのモザイク。剥がされ美術館や博物館の壁を飾る事無く、本来の、北イタリアの小さな町の聖堂で見る事が出来る。これは本当に幸せな事だと思います。繁栄の最中に作られた豪華なモザイクを見てから、聖堂を出て、静かな町のあちこちに微かに残るローマ時代の遺跡、名残の街道、広大な田園風景の中に身を置く。千数百年という永い時間のしっぽがちょっと見えたような、指先に少し触れたような、そんな一瞬です。最寄り駅、Cervignanoまではヴェネツィアから1時間半、トリエステから40分。アクイレイアへのモザイクショートトリップ。旅行の計画を建てる時、ぜひ思い出していただきたいです。