「柿山伏」(英題:KAKIYAMABUSHI)2014年6月製作
「柿山伏」(英題:KAKIYAMABUSHI)2014年6月製作

昨年の春頃でしょうか、古くから続く家柄で、現在は名古屋を拠点に活動する狂言師の方から「モビールを作りませんか?」とお声掛けいただきました。伝統芸能である狂言をファミリーで観劇できるという企画で、小さな子どもたちにも親しんでもらえるように、演目の内容をモビールにして欲しいという依頼でした。それまで狂言に全く馴染みがなかったので、どんなものを作ればいいのか、すぐにはピンと来なかったのですが、打ち合わせを重ねるうちにだんだんと伝統芸能の持つ奥深さが分かってきて、おそらく世界初(?)の狂言のモビールを作り上げることができました。

僕が作ったモビールは、狂言の「柿山伏」という演目がテーマです。これは小学生の国語の教科書にも載るほど有名な演目で、木の上の柿を取ろうとする山伏を、動物の真似をした家主がからかうというお話です。この話の筋であれば、普通は舞台に大きな柿の木のセットなどがあるところを想像されるかもしれません。でも狂言の舞台は一般的な演劇とは異なり、わずかな小道具とセリフ回し、それに身体の動きだけで、全てが表現されます。柿はもちろん、木も家も何もなく、舞台の上には、ただ本当に空疎な空間があるだけなのです。これは外国人が見たらビックリすることかもしれませんね。

モビールの監修をしていただいた、十四世・野村又三郎氏(右)の舞台。左は野村信朗氏。(撮影:田村克也)
モビールの監修をしていただいた、十四世・野村又三郎氏(右)の舞台。左は野村信朗氏。(撮影:田村克也)

以前書いた『陰翳礼賛』の話にも通じるところがありますが、日本人は元々そういった寂寞とした空間を好む傾向があるのかもしれません。日本の伝統芸能と言われるものは、落語にしても、能にしても、基本的には同じで、何も無いところからどれだけ見ている側に想像させることができるかに重きが置かれているように思います。だから、モビールを作る際にも、こちらで想像をしました。イヌはどんな種類が良いかな、山伏の顔はこんな風かな、サルは木の上にいた方が良いかな? などなど。まさに十人いれば、十人十色の「柿山伏」ができると思うのです。

じつは、このお話、動物たちは実際には出てきません。山伏をからかうために、家主が動物たちの鳴き真似を演じるのです。「無いものを、いかに在るように見せるか」というのは、昔の日本人にとっては、大きなテーマだったのかもしれませんね。私たちのモビールも、そんな風に小さくても大きな効果を出せるような、そして、誰かの想像力をかきたてるようなモノになっていたら嬉しいです。