「月の少年」(英題:on the moon)2011年8月 製作
「月の少年」(英題:on the moon)2011年8月 製作

日本らしいモビールとは、どういうものだろうか? 
これは、一番初めにモビールを作り始めた頃、いろいろと考えました。西洋のモビールには無い要素を取り入れることはできないだろうか。まだ試作段階の頃のことですが、たまたま窓辺に飾ってみたところ、カーテンの隙間から陽光が差し込みました。光はモビールを通り抜け、壁に黒一色の模様を浮かび上がらせたのです。“影”――すぐに「これだ!」と思いました。私たちのモビールに微細なカットが施されているのは、その影を強調する必要があったから。西洋のモビールは基本的に大胆なデザインが多いので、影を意識した作りにはなっていないように思うのです。

谷崎潤一郎の著書『陰翳礼賛』の中でも、日本人は昔から“影”に親しんできたということが書かれています。逆に西洋人は”影”から離れようとしてきたというのです。たとえば、日本で昔から使用されている“漆器”には黒や赤の鈍い色合いのものが多く、白い陶器のお皿やカップが溢れる中で、「なぜこの色なんだろう?」と疑問に感じる方も多いかもしれません。『陰翳礼讃』によると、日本のこうした文化は薄暗がりの中でこそ活きるように作られているというのです。現代の蛍光灯の下で見ると、何やらケバケバしく思えるような色合いでも、薄暗い中で見ると、とたんにその色の深遠さや美しさに気づきます。逆に西洋では、ピカピカと磨き上げられた美しさをよしとする傾向にあります。元々、中国で生まれた白い陶器が、西洋であれほど受け入れられた理由は、影を消そうとする文化と非常にマッチしたからではないでしょうか。

「月の少年」(英題:on the moon)2011年8月製作物心ついたときから、すでに蛍光灯の下で生活をしていた僕にとっては、薄暗がりの中での暮らしにはあまり馴染みがありません。それでも、日本らしいモビールを考えたときに、“影”を意識したのは、こうした文化がまだ日本のところどころに残されていて、それに触れながら生活している証拠でしょう。日本人にとって“影”とは、あたりまえに存在する“同居人”なのだと思います。

そんな“影”を意識して作った最初のモビールがこの「月の少年」。壁や床に写りこむ“影”の他にも、モチーフ同士が重なるときにできる陰影がモビールに深みを与えてくれます。影は二次元しか表現されないので、動く三次元のモノが投影されたとき、予想もつかない動きがそこに描かれるのです。動画でお見せできないのが残念ですが、もしモビールが家にあるという方は、ぜひライトを当ててみてくださいね。照明との組み合わせによって、いろいろな表情の陰翳が生まれると思いますよ。

秋の夜長に、たまには蛍光灯を消して、“影”と親しんでみるのはいかがでしょうか?