第12回 柏崎市高柳で 新緑のブナと鶏にタッチ!

 ブナの林が大好きだ。特に新緑の頃。まだ雪が残っているひんやりとした林の中に、水分をたくさん含んだ黄緑色の葉がそよそよと光を透過させる、その透明感。一本のブナの木は、田んぼ一枚分の水を地下に溜めてくれるのだと言う。冬の間に籠っていた内側のエネルギーは、その水の気配に触発されて、さらさらと流れ出す。

新緑のブナ林が続く
新緑のブナ林が続く
 
この丸みを帯びた葉っぱが水を根元に集めてくれる
この丸みを帯びた葉っぱが
水を根元に集めてくれる
立派なブナ。下から見上げるのがお気に入り
立派なブナ。
下から見上げるのがお気に入り

 

 高柳町にある刈羽黒姫山の登山口・黒姫キャンプ場(と言っても管理人もいないフリーのサイト)で夜を過ごした後、朝の4時に目が覚めてから、黒姫山の頂まで登った。ブナの林が山頂に至るまでどこまでも続き、朝のやわらかな光がブナの白い滑らかな肌を撫でていた。ブナの立ち姿に憧れるのは、彼(彼女)らがその姿で“寛容さ”や“しなやかさ”という美しい性質を表現しているからだと思う。感じ方は人それぞれだろうけれど、ブナは私にとって思う存分甘えさせてくれる存在で、疲れた時にはその母性に会いたくなってしまう。無条件の愛。自分のことばかりのヒトであっても、自然はその懐に何を咎めたりもせず受け止めてくれる。その様に、また憧れの念を抱くのだ。

黒姫キャンプ場。ブナの隣にテントを張る
黒姫キャンプ場。
ブナの隣にテントを張る
水を張った棚田に映る朝日。高柳はずっと棚田と暮らしてきたのだなあと思う
水を張った棚田に映る朝日。高柳は
ずっと棚田と暮らしてきたのだなあと思う

 

 高柳は2005年に柏崎市に合併された山間の町だが、「ムラ」がまだ機能している素敵な所だ。とにかく外に出ている人が多い。おじいさんやおばあさんが野菜やら山菜をごっそり持って歩いている姿や、道ばたに椅子を出して話し込んでいる姿を通りがけによく見かける。「限界集落」と言う時の“限界”には、お年寄りが多いために時間的なリミットが想定されているのかもしれないが、高柳を「暮らし方」として見ればちっとも“限界”ではない。むしろここで保持されている暮らしには、これからも同じように暮らしていけばずっとその土地で生きていけるという“持続可能性”がある。それに惹かれ、「百姓という生き方」に惚れ込んでこの地に移り住んだのが、私の職場を通じて出会った同郷(秋田)のIさんだ。


 Iさんは高柳の中でもさらに山深い集落で、鶏を飼いながら自給自足的な暮らしをしている。空き家となった奥さんの実家に住み始めて一年の間、地元の“先輩”から百姓の知恵―田畑のこと、山のこと、道具の使い方等々―を時に酒を交えつつ熱心に学んでいる。黒姫でキャンプをした後にその集落を訪れてびっくりした。昭和、ニッポンの田舎、古き良き里山・・とにかくどこか懐かしさ”を覚えるイメージがそこにはあった。時が止まっているかのような感覚を、Iさんの家の鶏が甲高く鳴いて一瞬打ち破る。そしてまた静かで安穏とした風景が帰ってくる。

Iさんの奥さんが働く「ふかぐら亭」にて。蕎麦も高柳産100%で地元の食材にこだわっている
Iさんの奥さんが働く「ふかぐら亭」にて。蕎麦も高柳産100%で地元の食材にこだわっている
鶏のゲージの脇で朝のコーヒータイム
鶏のゲージの脇で朝のコーヒータイム
 
 

 

 その日はちょっとした事件があった。鶏のゲージ(と言ってもやわらかいナイロンの網製の)で飼っていた一羽のウズラがいなくなったのだ。かれこれ30分ほどIさんと集落を歩き回って探したが見つからなかった。ウズラは鶏と違って帰巣本能がないようで、いったん放してしまうと戻ってこない。カラスにさらわれたか、キツネにやられたのかもしれない。そのうちに雨も降ってきた。玄関先でうろうろしていたら、Iさんがビールを持ってきた。Iさんは自分もビールを開けて「あと5分待って」と言って雨合羽を持って外に出かけていった。私は家の中でほろ酔い気分で飲んでいたのだが、なかなか彼が帰ってこない。玄関の外を見たら、いつもの顔つきとは全く違う固い表情を浮かべて、Iさんはまだ探し歩いていた。その時に私ははっとした。彼にとって、ウズラは家族同然の存在なんだ。家族がいなくなったら、そりゃ雨が降ろうが暗くなろうが必死で探すだろう。私は正直言ってもう諦めていた自分を恥じ、もう一度外に出た。

名古屋コーチンの
名古屋コーチンの"なーこ"を抱き上げるIさん
雄の・・名前はなんだったかな
雄の・・名前はなんだったかな

 

 結局ウズラは見つからなかった。彼らが飼っている鶏は20羽いて、地元の店に卵を出したりもしている。「名前を付けているうちは(養鶏家として)まだまだ」と笑いながら、彼は奥さんと一緒に大事に鶏を世話していた。彼らの家で飼われている鶏は、毛並みがつやつやしていて、気質もとても穏やかだ。散々飲んでつぶれた翌朝の5時、鶏の声で目覚めたのがとても心地良かった。畑を挟んで隣のおばあさんは「鶏の声があるのはいいねぇ。昔はどこでも飼ってたもんだけど、あんたらが来るまでしばらく聞こえなかったもんねぇ」と言って、昔飼っていた牛の話を、畑の手を休めて聞かせてくれた。


 新潟でよく使われる言葉に「じょんのび」というものがある。「ゆったり・のんびりした・芯から気持ちの良い」というような意味だが、「“9のなんぎぃ(難儀)があるから1のじょんのびがある”って言うんだよね」とIさんに聞いた。深い言葉だ。“現代的な”ライフスタイルにおいては、「じょんのび」は安売りされ消費されていて、「なんぎぃ」もできるだけ少ない方がよいこと、不幸なこととされているが、本来そういうものではないんだろう。人間が自分自身でまかなえるスケールで生きようとする時、百姓がそうだったように自分で食べ物を作ったり木を伐って薪にしたりする“なんぎぃ”は当たり前のように暮らしの内に含まれてくる。その“なんぎぃ”をよその誰かに任せることが行き過ぎると、地球の裏側から食べ物が運ばれてくるような今のシステムに行き着いてしまうのだろう。


 Iさんにとっての鶏と、私にとってのブナ。そのコミュニケーションの根本的な違いは、そこに「暮らしがあるかないか」だ。暮らしに関わってくる時、自然は優しいだけ、美しいだけのものではない。恋人と家族の違いみたいなものだ。どちらがいいとか悪いとかではもちろんないし、自然とのコミュニケーションの仕方はいろいろあっていい。ただ、Iさんが選んでいる生き方にはドアをノックされるような振動をいつも感じるのだ。私も早くこのドアを開けてそちら側へ行きたい。そのタイミングを待っている。

 

*千年の暮らしを考える 「じょんのび研究所」・・・高柳の有志の方が立ち上げたNPO。
「じょんのびツーリズム 実践ビジョン報告書」がすばらしい。

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