第10回 裏磐梯で ワカサギ釣りにタッチ!

 Eちゃんとは鎌倉のとある寺の座禅会(摂心)で出会った。坐り方のきれいな人だなあと思っていた。それから何度か顔を合わせるうちに、特別な友達になった。風景に静かに一緒に溶け込める友達。車でドライブをすれば、BGMにもするりと溶け込めてしまう。一緒にいると一瞬一瞬が密なんだけど軽いのだ。私は彼女を「禅友」と呼んでいる。前から行ってみたかった所に、今回二人で遊びにいくことになった。福島県は裏磐梯、「イエローフォール」と呼ばれる黄色い滝だ。


 この滝は磐梯山の地底から湧き出る硫黄分などが滲み出して、冬の間は氷が黄色に染まる。2月下旬は氷が一番大きく黄色も濃くなるベストシーズン。裏磐梯スキー場のリフトを二本乗り継いで、往復3時間のスノーシューハイキングをした。山の岩肌からもくもくと上がる噴煙を横目に、真っ白な銅沼の雪原を歩く。滝を目指すコースにはたくさんの人が歩いてトレースがついているから、迷うこともない。スキー場のゲレンデを少し離れただけなのに、そこでは磐梯山に抱かれた森がゆったりと静かに存在していた。


 目的地だったイエローフォールは、人の視線を浴びすぎたせいか、あまり畏怖が感じられなくて、写真を撮って足早に引き返した。帰り道でも、スノーシュー初体験のEちゃんはトレースのついていない所をウキウキ歩いていた。そう、スノーシューの魅力はどこでも行ける"自由度の高さ"。夏なら薮こぎになる林の中も、雪が薮の上に深く積もっているので、すいすい木の間をぬって歩いていける。木から滴るつららを食べたり、目に映る物に「雪のおばけ」とか名前をつけたりしながらあっという間にリフトまで。

銅沼の雪原く
銅沼の雪原
イエローフォール前
イエローフォール前
林の中をすいすい歩くEちゃん
林の中をすいすい歩くEちゃん

 

 そして、今回の裏磐梯の旅の一番の思い出は「ワカサギ釣り」。本当に有難いご縁で、夜にお風呂でたまたま一緒になって話をしたご婦人が、翌日の朝に私たちのことを覚えていてくれて「スノーモービルに乗せてあげようか?」と誘ってくれたのだ。「ワカサギ釣りが好きな福島の人は、個人でスノーモービルを所有している。」という県民性(?)にもビックリしたが、一度お風呂で会っただけの私たちを親戚のように扱ってくれるあたたかい"もてなしの心"にというかあたたかい心性にさらにビックリ。前の晩に火を囲みながらホットワインを飲み過ぎたせいで、私はひどい二日酔いだったが、着の身着のままバンガローを出て、人生で初めてスノーモービルに乗せてもらった。


 ご婦人(Hさん)の旦那様がスノーモービルを飛ばして迎えに来てくれて、私たちは振り落とされないようにしっかり跨がった。びゅんびゅん風をきって湖の上を走るモービル。対岸まで目が届かないくらいどこまでも白い檜原湖。所々にポツポツと配置されているカラフルなテント。何が何だか感じる間もなく、湖の真ん中辺り(湖が広すぎるのでどこも真ん中に思うのかもしれないけど)に到着。Hさんは仲間と一緒に来ていて、すでに数張のテントが張ってあった。そこでHさんが「せっかくだからワカサギ釣りもしてみる?」と。


 六角形のテントの中は驚くほど快適だった。凍った湖面に手動で開けるという穴の周りに、分厚いマットがきれいに敷きつめられていて、中央には暖をとるランタンが灯っている。食料やビールが隅にちゃんとストックされていて、家のようなくつろぎ感に溢れていた。靴を脱いでテントに入ると、さっそくHさんが釣りの仕方を教えてくれた。穴に垂らした糸にちょんちょんと"引き"が来たら、くっと竿を持ち上げて魚を引っかけ、それでも引きがあって魚がかかっていることを確認したら、電動のボタンをオンにして糸を巻き、引き上げる。私はビギナーズラックで最初に1匹釣れただけだったが、Eちゃんは結局2時間のうちに10匹以上釣って、Hさんに「釣りの勘がいい」と褒められていた。

テント前からの檜原湖
テント前からの檜原湖
 
ランタンは上でお湯も沸かせる。コーヒーをご馳走になりました
ランタンは上でお湯も沸かせる。
コーヒーをご馳走になりました
ワカサギ釣れたよ~!
ワカサギ釣れたよ~!
 

 

 釣りの楽しさもあるけれど、私は何よりテントの中での会話が楽しかった。Hさんご夫妻、最初は強面だけれど実は饒舌なおじさん、そのおじさんの話に夢中になる私の竿まで面倒見てくれた兄ちゃん。Hさん達お仲間はこの時期の週末、檜原湖に隣接するその民宿に泊まりがけでワカサギ釣りに来るのだそうだ。海釣りや渓流釣りもする話。昔のワカサギ釣りの話(竿は全て手作り。モービルもテントもない時代。今は禁止されている夜釣り。吹雪かれると帰り道が分からなくなって遭難する話・・・)。Hさんの旦那様はワカサギ釣りで釣り雑誌やテレビに出るほどの達人だった。皆さんの名前はちゃんと訊けなかったけれど、福島弁があったかくて、釣りが大好きで、冗談が飛び交うその時間を心から楽しんでいて、初対面なのに私はとても安心してその場にいてしまった。「一期一会」なんだとしても、またどこかでご一緒できたら嬉しいと思って、普段はあまりしないことだが、自分の連絡先をお渡しした。

ワカサギ天ぷら。美味かったー!!
ワカサギ天ぷら。
美味かったー!! 
寝るまで火を焚いて過ごす
寝るまで火を焚いて過ごす
 
裏磐梯雪まつりの花火。3000本のキャンドル
心から楽しんでいて
裏磐梯雪まつりの花火。
3000本のキャンドル

 

 お礼しきれないほどのありがたい気持ちでお別れ。皆さんテントを出て見送ってくれた。スノーシューをした夜、「裏磐梯雪まつり」の会場で復興の祈りのキャンドルを灯した。私たちのような他所の人間には想像するしかない、痛み、苦悩。ふうっと、ワカサギ釣りで出会った皆さんの顔がよぎる。福島の話をする時の、曇った顔も。この感謝の気持ちが、みんなが「絆」って呼んでいるものなんだな。


 裏磐梯の旅で、福島が前よりぐっと近づいた。

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