建築における「傾聴」。

大きな音が出る、粉塵が舞う、人の出入りが多い。
改装工事は、人を不快にさせる要素がいっぱいです。
「他人の家にズカズカ上がり込んで、大暴れ」。
現象だけをとらえれば、そう表現することもできるでしょう。

その思いを強く意識するような工事を請け負ったことがあります。居間と台所を改装して欲しいという依頼で、ご夫婦二人住まい。
そして、お二人とも精神疾患を患っておられます。

部分改装なので、住みながらの工事となります。
僕も担当する大工も、病気への理解はあり、対応についても経験はあります。
それでも、現場としては初めて。なかなかのハード案件であることは間違いありません。メンタル不安定空間で、大暴れしなくてはいけないのですから。

僕らは医者ではないので、現場の作業が、お二人の精神状態にどう影響するのかはわかりません。工事は工事として、粛々と進めざるを得ないのです。
できることと言えば、病気であることを開示してもらい、そのことを理解した上で工事をする。これくらいしかありません。

結果的にこの改装は、僕らの代表作になりました。

福祉の世界では、「傾聴」という言葉をよく耳にします。
受容と共感をベースとし、「それは違う」とか、「こうした方がいい」といった、否定や指導を含まない会話の方法です。
もちろん傾聴しているだけでは工事は進みません。しかし、反射的に出る否定や指導を抑え、ちゃんと相手の話を聞く。その姿勢を持つだけで、劇的に関係性は変わります。
古材を用いた改修は、行き当たりばったりになりがちです。関係性を深めることは、リスク回避にもつながります。
お二人の理想を前提としながら、こちらがやりたい造作、実験も取り入れることができるので、当然いいものになるのです。

本当の福祉というものは、関係性を長く維持することだと思います。建物も同様、アフターケアが本質で、完成は過程にすぎません。
人や家と長く付き合うことで、地域との関わり合いも出て来ます。
工事をしていると、かならず近所の方が話しかけてきます。僕らは、このタイミングを逃しません。
話しかけてくることには、何らかの理由があるはずです。困りごとが隠されている場合も多いので、会話によってそれを引き出し、できるだけ対応するようにしています。
あらゆる福祉的な行動は、無償の奉仕活動ではありません。大きな倉庫を格安で借りられたことも、たくさんの古道具をもらったことも、ささいな会話が発端となっています。
傾聴することは、ひとつの戦略でもあるのです。

建築における「傾聴」。