ただでものをもらう方法(2)

古材や古道具を「ただでもらう」現場は、引っ越しや家仕舞いなど、よくある状況がほとんどです。

肉体労働をともなう現場は、スピードが勝負です。
チンタラおしゃべりをしながら作業するなどもっての外。なんですが、僕らは、黙々と作業ができません。
依頼者を巻き込みながら、失礼にならない程度に話題を広げ、チンタラおしゃべりしながら作業をします。
スピード感よりも、お互いの関係を深めた方が作業をしやすいのです。

人や家の歴史に興味がある。という僕自身の性質もあります。
ひょっとしたら「ただ」という、うしろめたさが饒舌にさせているのかもしれません。
あるいは、金銭を介することなく、もちつもたれつやっていきたい。そんな青臭い理想があるのでしょうか?
ときには、「資本主義、物質主義への抵抗活動である」と、大風呂敷を広げたり…

この「ただでもらう」ことへの、よくわからない抵抗感は何だろう?
そんな自問自答をくりかえす間にも、引き取り依頼は絶えず、物品はどんどん増えて行きます。
新しく借りた大きな倉庫は、1年もたたないうちに満杯になってしまいました。

タイトルに「ただでものをもらう方法」とつけてしまいましたが、そう簡単にお伝えできないことがわかりました。すみません。
秘密にしているわけではなく、個別の事情があり、手法として一般化できるようなものではないからです。

世間の事情から考えてみると、すこし見えてくる部分もあります。
例えば、大型ゴミを処分する場合。
ネットで検索すれば、すぐにたくさんのゴミ業者が見つかるでしょう。どの業者を選べばいいのか?まず、この時点で心が折れかけます。
料金の安さで選びがちなのですが、デカデカと書いてある数字は、たいてい最低限の基本料金です。実際の支払い金額と大幅に差がある場合も珍しくありません。

金額の差は、人間不信に陥るような大事故とはいえないかもしれません。しかし、もやもやとした気持ちは残ります。
もやもやどころか、SNSをはじめとした、ネット経由のコミュニケーションは、些細な行き違いでたやすく燃えてしまいます。

ゴミ屋の料金もSNSも、人と人が関係性をつくる上で、なんらかのコミュニケーションをすっとばしているのだと思います。
そんな状況が当たり前になっているからこそ、チンタラおしゃべりすることが効いているのかもしれません。

すっとばすのは簡単だが、あえて立ち止まり、話を聞いてみる。
ささいな行動ですが、結構おすすめです。

 

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