北欧のアンデルセン童話「人魚姫」の家もサンゴ礁にあるけれど、世界各地で人魚と間違えられたという海の哺乳動物ジュゴンは、実際に南の海のサンゴ礁に棲む。しかし生息場所、数ともに減り、絶滅が心配されている。沖縄の海には今も「北限のジュゴン」がひっそりと暮らす。埋め立てのための調査を目前に、彼らは辺野古の海に戻ってきている。
かつて奄琉球列島の人たちにとってジュゴンは、人に似た姿形からちょっと特別な生き物だったようだ。「ザン」などと呼ばれ獲って食べられるとともに、珍重されて献上品とされたり、また伝承や歌にも登場する。近代以前は、そんなふうに近しい動物だった。しかし明治になると、全国で野生動物の乱獲と絶滅が一気に進んだように、ジュゴンも似たような運命をたどった。最後の生息地となった沖縄本島周辺でも、最近は姿を現すことはめったになくなり、1997年に目撃されるまで一時は絶滅したと思われていた。
なかなか姿を見せないのには理由がある。長い捕獲の歴史のせいか、オーストラリアなどのとは違って沖縄のジュゴンは極端に用心深く、昼間は沖にいて夜になるとサンゴ礁に入ってきてエサを食べる生活習慣をもつ。頭数も生活実態もよくわかっていないが、しっかり残していく食べ痕によって、元気に暮らしている様子がわかる。足跡ならぬ、「はみあと(食痕)」だ。
写真のような、アマモ(リュウキュウアマモ)などの海草(ウミクサ)がまばらに生える海の草原に、白い底砂が現れている一筋、それが彼らの「はみあと」。まるで牛が草原をもくもくと食べ進んでいくかのような光景が目に浮かぶ。しかもウミクサしか食べない草食動物。海牛目(かいぎゅうもく)とは、よくぞ言ったものだと感心する。
この「はみあと」、たかが食痕、と軽視するわけにはいかない。ジュゴンの生態を知るための最も有効な調査方法が「はみあと」調査で、世界的に認められている。その「はみあと」調査で、この5月から7月までの2カ月弱の間に集中して大量に見つかったサンゴ礁は、辺野古の海の中。まさに普天間基地移転代替地として埋め立て計画がある場所だ。今なぜ、ジュゴンはこの海に戻ってきたのだろうか。
つづく