瀬戸内海に面した大分県の中津干潟は縄文時代から数十年前まで近くの人たちがおかず採りをする“食料庫”だった。だが食べ物を店で買い冷蔵できる便利な時代になると、人々は干潟に来なくなり、ごみだらけになった干潟では子どもたちも遊ばなくなった。NPO水辺に遊ぶ会が、そこの生き物の豊かさを知り、子どもたちを遊ばせたいと「干潟観察会」を始めたのは、15年前の1999年のこと。回を重ねるうちに参加親子は増え、今や地元では知らない人はいない干潟イベントだ。ビーチクリーン活動も行い干潟はすっかりきれいになった。
一方、干潟での漁業は元気がなくなってきている。かつて地元漁師さんたちのドル箱だったアサリがほとんど獲れなくなったことが最大の理由だ。海水と川の水が混じる汽水域と呼ばれる場所に棲む貝類の漁獲量は全国的に減っているが、その原因は干潟埋め立て、港湾工事、ダムなどで養分が流下しないなど複合的だ。もし漁業がなくなれば、干潟を守る権利をもつ人たちがいなくなり、干潟はさらに開発されやすくなってしまう。
「漁師さんを応援しなきゃ」。2005年からは、会では、子どもたちにも漁業を体験してもらおうと、タコ壺体験漁、のり漉き体験教室を始めた。会代表の足利由紀子さん自身、養殖のりの作業を手伝ってみた。「胴長を着て半日近く冷たい海に胸まで浸かっての作業なんです。その役目をご夫婦でやるんですが、その辛さがわかりました」。それからちょくちょく手伝いを頼まれるようになり、最近は「私、“派遣漁師”って呼ばれてるんですよ」とおおらかに笑う。
3年前からは、囲い刺し網漁という本格的な漁業体験も始めたところ、漁師さんが網をかけ引き揚げると必ずたくさんの魚が入っているので、「おじちゃん、すごーい!」の歓声が上がる。すると漁師さんの顔はほころびっぱなしに。この3月にも漁協と一緒にのり漉き、天日干し、ばくだんおにぎり試食の体験教室を行った。干潟活動はついに、獲る、作る、食べるに展開中だ。
かつては、近くの生き物を「獲って食べる」暮らしがどこにでもあった。その原点を失うことは、ひょっとするとPM2.5の脅威以上に大きな危機なのかもしれない。遊ぶこと、食べること、そこを守り抜くことは、誰にでもできる最強の自然保護なのだ。
*「水辺に遊ぶ会」の活動詳細は、日本自然保護協会第13回沼田眞賞受賞式での足利さんのプレゼンテーション映像で楽しく見られます。
http://www.ustream.tv/recorded/43061898