苔の名所を訪ねて「鶴仙渓 その一」編

前回訪れた石川県小松市の「苔の里」から車でおよそ30分、お隣の加賀市「鶴仙渓」(かくせんけい)を訪ねた。
鶴仙渓は山中温泉を流れる大聖寺川の渓谷で、かの芭蕉も行脚の楽しみここにありと称賛した黒谷橋周辺からこおろぎ橋までの約1.3kmの遊歩道が整備された景勝地。
奇岩や個性的ないくつかの橋、お茶や和菓子を楽しめる川床など変化のある風景が続く。

訪れたこの日は東シナ海を北上する台風からくるフェーン現象で最高気温35℃、ここ数日雨も無く、“クシュッ”と巻いたり、“ペタッ”と閉じたり、乾燥してもあまり見た目が変わらなかったり、様々なスタイルで苔たちは乾燥を凌いでいることだろう。

こんな日は苔に潤いを与えるための大きな霧吹きを用意。他には苔図鑑、ルーペ、飲み水、そして以前、鶴仙渓にあるカフェ東山ボヌールでいただいた「モジャモジャマップ」をリュックに詰めて出発。
モジャモジャマップは鶴仙渓の魅力の一つである、苔やシダ植物に焦点を当てた案内図。手書きのイラストで描かれた道や植物に「よーし、いっぱい植物を見つける探検に出発するぞ!」というワクワク楽しい気分にさせてくる宝の地図。

観光駐車場からの黒谷橋(昭和10年竣工)を渡る。
観光駐車場からの黒谷橋(昭和10年竣工)を渡る。
黒谷橋右岸に佇む東山ボヌールとモジャモジャマップ。
黒谷橋右岸に佇む東山ボヌールとモジャモジャマップ。

黒谷橋を渡り右に折れ東山ボヌールの脇を抜けると鶴仙渓の入口。
石段を下り川面に近づくにつれ、体にまとわりつくような湿度も増す。
うん、これこれ。苔が豊かな場所特有の湿度感。横を通り過ぎていく温泉客が言った「水の中を歩いてるみたい…」。まさにその通りである。

上流に向かって歩みを進めると、さっそく濃い緑の中にまばらに青白く浮かび上がるオオシラガゴケを見つけた。
オオシラガゴケはもともと青みがかった薄い緑色をしてるので目に付きやすい苔ではあるが乾くとより白くなる。葉の断面が数層の細胞からなり、葉緑細胞を死んだ透明細胞で覆っているため、このように青白く見えるそうだ。
またそのような細胞の構造のため肉厚で、水を吸って苔がキラキラしてる~!という感じにはならない。

見つけたものはコロニーが疎だったが、大きなコロニーは独特の迫力がある。
見つけたものはコロニーが疎だったが、大きなコロニーは独特の迫力がある。
オオシラガゴケ拡大図。透明感がないことがわかる。
オオシラガゴケ拡大図。透明感がないことがわかる。

今度は清水が滴る岩にジャゴケとツルチョウチンゴケのコンビネーション。
ジャゴケは漢字書くと蛇苔。ヘビの鱗のような模様がある。住宅地でもよく目にし、庭を覆ってしまうためゼニゴケなどと同様に一般的には好まれない。が、この壁面の見事な調和はどういうことか。
ジャゴケの間からツルチョウチンゴケの涼しげな枝が垂れ、よく見るとその合間にはホウオウゴケやシダも混ざり合い極端にひとつが主張することなくバランスを保っている。

前回訪れた苔の里では一面、ヒノキゴケやシッポゴケのなめらかな絨毯が広がっていたが、ここでは多種多様な苔がパッチワークのように有機的に繋がり美しく共生している。
とても人の手で計算して出来るものではなく、この自然環境が生み出したもの。
毎日苔庭をちまちま世話している身ににとって、こんなものを見てしまうと少しヤんなってしまうのである…。

庭では嫌われもののジャゴケも、ここでは主役。
庭では嫌われもののジャゴケも、ここでは主役。
ツルチョウチンゴケ拡大図。葉は細胞ひとつぶんの厚み。透けて輝く。
ツルチョウチンゴケ拡大図。葉は細胞ひとつぶんの厚み。透けて輝く。

ここ鶴仙渓は苔の種類が豊富で、遊歩道沿いの法面に沿ってかわるがわる、いろいろな種類の苔やその組み合わせを楽しめ、苔好きにとっては長さ1kmを超える夢の絵巻物が広がっている。

川面には目を向けず、反対の法面をじっと眺めながら霧吹きとカメラ片手に歩く。
ムクムクゴケやヒノキゴケもこの暑さでカラカラに乾いているので、シュシュッと霧吹きで潤いを与えてみる。
驚いた鮮やかな朱色のムカデが苔の合間から這い出て右往左往。

ムクムクゴケはその名前の通り、見た目がなんとなくムクムク、モコモコしており、見た目と名前の愛らしさで苔女(コケオンナではない、コケジョである)に人気があるらしいが、石川県近辺でルーペ片手に這いつくばっている苔女には未だ遭遇したことはない。あれはメディアの捏造か、はたまた都会の自然愛好家だけのお話なのか…。

左ムクムクゴケ、右ヒノキゴケ。
左ムクムクゴケ、右ヒノキゴケ。
霧吹きで潤いを取り戻し、だいぶモコモコしてきた。
霧吹きで潤いを取り戻し、だいぶモコモコしてきた。

スタートした黒谷橋から400mほど進むと、コンクリート製の小さな橋が見えてくる。モジャモジャマップによると小才橋というらしい。
ここまで進むのに1時間もかかってしまったが、それだけ苔の見どころが豊富なのである。

その素っ気なさがいい小菜橋。
その素っ気なさがいい小菜橋。

まだ遊歩道の1/3ほど進んでいないが、長くなりそうなので次回に続くことにしようと思う。

ホソバオキナゴケの群落に乾いて閉じたスギゴケがちらほら。
ホソバオキナゴケの群落に乾いて閉じたスギゴケがちらほら。