苔の名所を訪ねて「鶴仙渓 その二」編

前回に引き続き石川県加賀市大聖寺川の鶴仙渓を歩く。

黒谷橋を出発して1つ目の橋、小才橋までの約400mを1時間かけてのんびり苔観察してきた。
この日は猛暑日。渓谷の沿いの遊歩道は湿度も高く、拭っても拭っても額から汗が滴り落ちる。
木陰で水筒の冷たいお茶を飲んで出発する。

渓谷の右岸に伸びる遊歩道を下流から上流に向かって歩いているので、視界は右手に大聖寺川、そして川向こうは崖に張り付くように建つ山中温泉の旅館群、左手は遊歩道を通すために斜面を掘削してできた法面になる。
鶴仙渓の苔は主にこの人工的に造成された法面に群生している。元々苔の豊かな自然環境において人の手が入ったことにより、さらに繁殖に適した環境が出来たのかもしれない。
実際、法面より上の自然地形を保つ場所には草木が生え、その株元には落ち葉が堆積して苔が群生している様子は見られない。

左手が苔が群生する法面。上方には草木が生い茂る。
左手が苔が群生する法面。上方には草木が生い茂る。

話は逸れるが、苔は植物界において「先駆種」とされている。
火山が噴火し溶岩が流れ固まり岩石だらけの大地には、まず光合成と空気中の水分で生きることが出来る苔や地衣類が進出する。
その先駆種の遺骸が少しずつ堆積、やがて土となり他の植物も育つことの出来る環境が作られる。
そのような移り変わりを植生の遷移というのだが、遊歩道沿いの苔は道が切り開かれたときに先駆種として進出、その後、本来ならば草地に遷移するところ、景観維持のため管理されてきたことによって、現在の1km以上も伸びる見事な「コケベルト」が残ったのではないか。

ゆるい傾斜の法面でも綺麗にコケベルトが伸びる。※分かりやすいよう色付けしてある。
ゆるい傾斜の法面でも綺麗にコケベルトが伸びる。※分かりやすいよう色付けしてある。

清水が流れる切り立った岩場に面白い「コケ」を見つけた。
このユニークな姿の植物はモウセンゴケといって蘚苔類(コケ類)ではなく被子植物。
葉から伸びる長い毛の先端からは虫を呼び寄せる甘い香りの粘液を出し、おびき寄せられた虫は粘液に絡め取られ身動きが出来なくなり、やがて消化吸収されてしまう。いわゆる食虫植物だ。
粘液に軽く触れてみたところ、思ったほど粘り気はなかったが、この少しの粘りも小さな虫にとってはトリモチのように脅威なのだろう。

昔は小さな植物、木につく植物を総称してコケ(漢字で「小毛」や「木毛」と書く。)と呼んでおり、このように「コケ」とつく蘚苔類以外の植物は他にも沢山ある。
シダ類のクラマゴケやコケシノブなどは見た目もコケっぽいのでよく間違えられるし、地衣類の和名にいたってはほぼコケとついている。

きらきら粘液のシャンデリア。
きらきら粘液のシャンデリア。

ジャゴケに混ざって美しい苔を見つけた。
シノブゴケ科の一種、オオシノブゴケではないかと思う。
苔の里の欄干で見たシノブゴケよりも枝分かれが繊細で触れた感じも柔らかかった。
そのすぐそばには蝋細工のようなクモノスゴケの群生が。

今まで見たシノブゴケの中で一番作りが細かい!
今まで見たシノブゴケの中で一番作りが細かい!
とても状態の良いつやつやのクモノスゴケ。
とても状態の良いつやつやのクモノスゴケ。

遊歩道沿いのあずまやの軒下、コンクリート上に群生している苔に目が留まる。
寺院の銅葺きの屋根の下や、鉱山などの銅イオン濃度の高い場所に生育するホンモンジゴケは、1910年に東京の池上本門寺で最初に発見されたことにちなみこの名がついた。
濃度の高い銅は生物にとって有害であるが、あえて他の植物が進出できない環境に耐性を備えることによって自らの居場所を作っている。
どのようにして銅イオンのある環境を見つけているのか、生育に銅イオンが何らかの役割を果しているのか、その実態はまだ明らかになっていないそうだ。

青のり?のようなホンモンジゴケ。
青のり?のようなホンモンジゴケ。

前回紹介したジャゴケとツルチョウチンゴケの壁面も良かったが、この組み合わせも良かった。
ジャゴケがベースとなり、オオシノブゴケの繊細な枝ぶりとカサゴケの透き通る大きな葉が合間から顔を覗かせる。
緑一色の世界だが、形、濃淡、質感、それぞれ個性があり、そして調和も保たれ、蒸し暑い中でもついつい時間を忘れて眺めてしまう。
ここ鶴仙渓の苔の魅力はこの多様な苔とその調和にあるのではないかと思う。

明感。というか実際透けているカサゴケの葉。
明感。というか実際透けているカサゴケの葉。
ハイゴケ、ヒノキゴケ、シッポゴケ…蘚類の壁面。
ハイゴケ、ヒノキゴケ、シッポゴケ…蘚類の壁面。
ジャゴケ、クモノスゴケ、ミズゼニゴケ…苔類の壁面。
ジャゴケ、クモノスゴケ、ミズゼニゴケ…苔類の壁面。
遊歩道は下流の黒谷橋からこのこおろぎ橋まで約1.3km続いている。
遊歩道は下流の黒谷橋からこのこおろぎ橋まで約1.3km続いている。