苔の愉しみかた その一

七年前、横浜から金沢にUターンしようと住まいを探していたとき、縁あって観光地ひがし茶屋街から程近い明治初期築の町家に出会った。
とくに町家を探していたわけではない。祖父母が旧市街の似たような環境に住んでいたことや、10数年マンション暮らしをしてきた身にとって、昔ながらの近所づきあい残るこの町に何かしらの親しみや好感を持ったのかもしれない。

マンション暮らしではベランダいっぱいに薔薇やハーブなどの鉢植えを育てていたけど、今度の住まいは町家。隣家が立て込んでいる旧市街では日当たりは望むべくもなく。うーん、苔や山野草の庭はどうか?そんなこんなで苔庭づくりを始めたのですが、そのお話はまた今度の機会があれば…。
苔庭づくりですっかり苔に魅了され、もっと身近に苔を愉しむことは出来ないかという思いから、試行錯誤、苔の作品を作るようになった。
今回は手前味噌ですが、そのいくつかをご紹介できれば。

苔庭5年目。貼ったもの、飛び込んできたもの、正確に数えたことはないが30種以上の苔が育っているのでは?
苔庭5年目。貼ったもの、飛び込んできたもの、正確に数えたことはないが30種以上の苔が育っているのでは?

陶芸家・中嶋寿子さんの器は、まるで人の目につかず土の中に眠っていたような、はたまた風雨にさらされ風化しながら、静かに呼吸していたかのような風合い、肌触り。以前から金沢のイベントや雑貨店で作品をお見かけしており、偶然おなじ町内にお住まい。思い切って苔の器をお願いしました。

4億年前から原始的な姿をあまり変えていない苔と中嶋さんの器。太古から続く時間と、そして化石でもドライフラワーでもなく、生きている苔がこれからの時間も包容している。

水やりを続けることで器の風合いも変わってくる。
水やりを続けることで器の風合いも変わってくる。
苔はタマゴケ。時間の経過とともに全体に丸くコロニーを形成。
苔はタマゴケ。時間の経過とともに全体に丸くコロニーを形成。

アオイガイ科でタコの一種タコブネの殻を使ってアンモナイトの生物標本のようなものを作った。
アンモナイトは約4億2000万年前のシルル紀から約6500万年前の白亜紀までの長い間生きていたそう。アンモナイトと苔の誕生時期は近く、海から陸へと生物が進化する過程を植物と動物の組み合わせで表現できないかと思いこのような形に。

苔は種類によっては光と湿度があれば生きることができるので、貝殻の中には土は使わず湿度を保つために綿を詰めて水分を蓄えられるように。

透き通るほどの薄さのタコブネの貝殻は保湿環境では数年経つと劣化し割れやすくなる。今後は貝殻の強度をどう保つかが課題。
透き通るほどの薄さのタコブネの貝殻は保湿環境では数年経つと劣化し割れやすくなる。今後は貝殻の強度をどう保つかが課題。
制作後1年半ほど経ち、タマゴケのボリュームが増した。
制作後1年半ほど経ち、タマゴケのボリュームが増した。

陶芸家・林沙也加さん作の器にはタマゴケ、ホソバオキナゴケ、ヒノキゴケの3種寄植え。制作後10ヶ月ほど経過。
よく見ると器の側面からタマゴケの新芽が育ってきている。よくよく観察していれば、こんな風に小さいながらも生きている変化を見られることがしばしば。この器のように荒い質感のものは胞子が入り込みやすいのためか思わぬところから新芽が顔を出しうれしい驚きが!

背の高いヒノキゴケ、右にタマゴケ、左はホソバオキナゴケ。
背の高いヒノキゴケ、右にタマゴケ、左はホソバオキナゴケ。
小さいながらもタマゴケの姿になっている。
小さいながらもタマゴケの姿になっている。
直射日光の差さない明るい場所で管理。
直射日光の差さない明るい場所で管理。

今回ご紹介したようなガラスドームで育てる作品は苔の種類にもよりますが2~3年で植え替えが必要になってくる。では、抜いた苔はどうなるの?捨てちゃうの?と愛着をもって育てた苔を抜くことに心痛めるご心配はありません。細かく刻んで「苔の種」として庭に撒き、次の命に繋いでいきます。
苔の種については苔庭のお話のときにでも…。