苔の名所を訪ねて「苔の里」編

「苔の見頃はいつ?」と聞かれて答えるのは、雨上がり、もしくは小雨の降っているときとお答えする。
常緑の苔はからだに水分をたっぷりと含んだときこそ、美しい輝きを放つからだ。
道端などにポツンと生きている苔たちももちろんだが、あたり一面に苔が広がっている苔庭は木の陰でホワンと浮かび上がり、多様な苔が得も言われぬ緑のグラデーションを見せてくれる。

小雨が降ったりお日様が顔をのぞかせたりと気まぐれな天気の中、近郊の苔の名所を訪ねた。

訪れたのは石川県小松市日用町の「苔の里」。
日用町(ひようまち)は人口30人に満たない里山に囲まれた小さな集落。まわりにはもっとも近い粟津温泉や山中温泉、山代温泉、片山津温泉など加賀温泉郷と呼ばれる温泉街が車で数分から15分ほどの距離にある。

苔と杉と民家。調和の里山。
苔と杉と民家。調和の里山。

北陸の湿潤、比較的冷涼な気候と、周囲を山に囲まれ山肌から水が滲み出てせせらぎを作っているまさに苔が育ちやすい環境。
また、この日用の地は「日用杉」と呼ばれる杉の産地でもあり、民家の庭には大きく育った杉がスッと天を指して立ち、木漏れ日が優しく差し込む。
さらに、昭和50年代まで庭の落ち葉を日々の暮らしの燃料として使っており、住民が落ち葉を拾い集めることで苔の生育が進んだとガイドにはある。
地理的条件と人の暮らしが重なり合って出来たこの苔の里は、鑑賞を目的とした寺院や庭園とは違う価値があるのではないだろうか。

人々の営みがつくりだした風景。
人々の営みがつくりだした風景。
木漏れ日が優しく降り注ぐ。
木漏れ日が優しく降り注ぐ。

「苔の里」の苔は、ヒノキゴケ、オオシッポゴケ、ウマスギゴケ、ハイゴケ、フトリュウビゴケ、ホソバオキナゴケ、エダツヤゴケ、ムチゴケ、コバノチョウチンゴケ、スナゴケ、ミズゴケ…ざっと見渡しただけでも実に豊富な種が見られる。以前行われた調査では48種類の苔が確認されたようだ。

中でも見事なのは入口から民家の裏手を通ると見えてくる大きな築山。ヒノキゴケ、オオシッポゴケなどの大型種の群落。
ヒノキゴケは以前紹介したように別名「イタチのしっぽ」と言い、まさに小動物の長い尾っぽのようで可愛らしく、オオシッポゴケも名前から分かる通り動物のしっぽに見立ててられたもの。

築山全体がふさふさの毛で覆われたようで、まるで何かの動物の背にも見えるし、しゃがみこんで仰ぎ見れば虫の視点となり新緑のたおやかな山のようにも見えてくる。近寄ってルーペで観察すると山の木立の枝葉にも。
いろんな尺度でじっくり静かに楽しむ。聞こえるは砂利を踏む音と鳥のさえずりだけ…。

ヒノキゴケ
ヒノキゴケ
何に見える??
何に見える??
代表的ないくつかの苔には札が立ち違いがわかるように。
代表的ないくつかの苔には札が立ち違いがわかるように。

よく見ると築山の中でも場所によって生えている苔の種類が変わってくる。
少し明るいところではスギゴケやハイゴケ、エダツヤゴケなどが増える。日当たりや湿度、あとは何に生えているか(基物)によっても苔の種類は変わり、例えば先ほどのヒノキゴケやオオシッポゴケなどは主に土に見られ、ハイゴケは土や岩、ムチゴケは木の幹など、同じ環境に生きていると思いきや適した場所で生きているのである。

水辺にはミズゴケが。
水辺にはミズゴケが。

苔の里は車道を挟んで2つのエリアに別れている。道を渡り日用神社エリアに向かう。
境内へと架かる橋のコンクリート欄干も苔に覆われてやわらかいシルエットになっている。ビシッとスマートなコンクリートも長い月日をかけ丸く鮮やかに変えてしまう苔マジック。近寄ってみるとシノブゴケの一種のようだ。シノブゴケは比較的身近な苔だが、葉の様子が繊細なレースのようでとても美しい。「しのぶ玉」として江戸時代から夏の涼を得るために鑑賞されてきたシダ類のシノブと葉姿が似ているところから命名された。

欄干にはシノブゴケとシダ類のノキシノブ。ややこしい。
欄干にはシノブゴケとシダ類のノキシノブ。ややこしい。
細かに枝分かれしている。
細かに枝分かれしている。

日用神社はヒノキゴケの絨毯に囲まれた小さなお社。加賀地方特有の赤瓦と緑の床が印象的なコントラスト。
境内には鳥居や狛犬、灯籠、先ほどの橋などいろいろな人工物があるのだけれど、それらに苔むすことによって厚い年月の層が可視化されたような深みのある空間になっている。時間の厚みを増しながら、苔むした上に植物の種が落ち、芽生え、新しい生命が育っていく。人の手で作られたもので、そんな自然の力強いサイクルが見えてくる。

朱塗りも色あせ、こじんまりと佇むお社。
朱塗りも色あせ、こじんまりと佇むお社。
マル・サンカク・シカク。いろいろな形を覆っていく。
マル・サンカク・シカク。いろいろな形を覆っていく。
いろいろなものを覆いやさしい輪郭を描く。
いろいろなものを覆いやさしい輪郭を描く。

町の住民有志で管理をしている苔の里、現代では燃料となる落ち葉を拾う必要もなくなり、景観を守るための掃除は少子高齢化にともない負担となっているそうで、自然や古民家など景観の維持管理、自然共生文化の維持継承を目的として「日用苔の里整備推進協議会」、「一般社団法人叡智の杜」を設立。
その一環として、住民たちと交流しながら苔の里の景観維持をおこなうボランティア「苔の里サポーター」を募集している。
また自身も以前参加したことがあるが「苔ゼミ」と称して、専門家が苔の生態などフィールドワークを交えを楽しく教えてくれるイベントなどもあるので、興味を持たれた方はぜひ。

訪れたこの日も落ち葉拾いをされていた。
訪れたこの日も落ち葉拾いをされていた。

一年ぶりに訪れたが、いつも掃除が行き届いており住民の方々の努力と誇りを感じる。
人々との暮らしと自然が結びついた豊かな環境が静かにいつまでも続くことを願ってやまない。

 

 

苔の里
石川県小松市日用町寅71番地
入園料(景観整備協力金) 500円、小中学生200円
入園可能時間 9:00~16:00
休園日 荒天時及び12月下旬~3月上旬(ただし、上記に関わらず都合により入園できない場合があります。)