
もわっと暖かく湿気のある夜にふと嗅いだ花の匂いで郷愁にふける。小川さんの作品『Night Jasmine』を聴いた時、そんなことを想像した。想像したと言うよりも、花の甘い匂いを感じた。音楽を聴いて匂いを感じることはそうない。
「スターゲイザー」では流れ星のシャワーと夜の風の匂いを、ファーストアルバム「太陽と羅針盤」では、行ったことのない異国の景色と街の香りを、聴いていた場所がどこであれ、その日の天候が憂鬱な曇り空でも、からっとした晴天の日でも、小川さんの曲を聴くと一瞬でトリップする。つま弾いた弦の振動、キーンと張りつめた一音、音の粒子が空気と混ざり合って嗅覚に入ってくる。
デビュー以来たった一人で独自の世界観を生み出して来たギタリストはどんなことを感じながら曲を紡ぎだして来たのか?興味をそそられた。
取材撮影の日は朝から雨、スタジオ撮影と自然光での撮影も予定していたのですこし戸惑っていると、約束の時間にはすっかりと晴れていた。 「今日は宜しくおねがいします」の挨拶もそこそこに、暗いスタジオの中演奏が始まる。
一瞬、撮影することを忘れてしまう程の澄んだ音色。圧倒されている私を横に、小川さんはごくごく普通にギターを弾き続ける。
小川さんにとってギターを弾くことはこ呼吸のようなもの?と思う。 「ポーズはとらなくていいので、そのまま弾いている所を撮らせてください」そう伝えると、「ちゃんとした靴を履いてくれば良かったなぁ」と柔らかに笑ってくれた。穏やかな優しい笑顔。
1974年栃木県鹿沼市に産まれた小川さんは5歳からクラシックピアノを始めた。小学6年生の時、NHK-FMで放送されたBill EvansとScott LaFaroのレコードを聴いてショックを受け、音楽人生を歩み始めたという。中学2年でギターを手にし、なんと、高校一年のときにはカセットレーベル「Greenwind Records」を設立している。そこから30年、ずっとオリジナルの音楽を作り続けているのだ。
「曲が生まれるまで、また、レコーディングまでのプロセスはどんな感じですか?そして、小川さんにとっての音楽とはどんなものですか??」
「父も母も絵を描く人なんですが、僕は全く絵を描くことには興味が無くて、描けない。家を見渡せばすぐ手に届く所にに絵や画集がある環境なのに、僕は一体なんで音楽に興味をもったのか分からない。音楽と関わっていたとしたら家の中でFMがかかっていたので曲を色々聴いてことくらいです」
幼い頃の小川さんに会ってみたくなった。どんな気持ちでFMを聞いていたんだろう。 「曲は頭に浮かんでくることもあるし、弾きながら出来ることもあるし、色々です。僕は一人っ子なので、いつも想像の世界で遊んでいたんだと思います。それが今も続いている。曲を作ることもその延長にあるんです。曲を作ることは食事をすることと一緒の様なものかな。ご飯食べる時悩んだり考えたりすることないでしょ?僕は作ることが苦じゃない。自然なことなんです。無意識に突き動かされるんですよ。」

しばらく音楽の話をして、音楽以外の小川さんはどんな人なんだろう?と思い聞いてみた。
「欠けている所はいっぱいあります」クリームブリュレのカラメルを叩きながら照れて笑った。
「プライベートではどんなときに幸せを感じますか?」
「本を読んでいるときですかね。僕は活字中毒なんです。本がないと落ち着かなくて、毎日持ち歩いてます」
「どんな本ですか?」
「エッセイとか、小説とかは読まないです。1つのことを研究してるとか、誰も研究していないような一点に注目して、真実を追い求める様な、、それって真実でしょ。そういう本に出会うと感動しますし、涙します」
小川さんは嘘が嫌いな人だ。嘘が嫌いな人はたくさんいるけれど、自分に嘘をつかないことは容易ではない。自分にも他人にも嘘をつかない様に生きる人だと思った。 きっと、この世の中は生きにくいだろうと思う。真っ直ぐに生きる人はいつもそうだ。
「僕はうつつの世界を疑ってしまうんです。想像の世界と一緒に生きてる」
何が嘘で何が本当なのか、それはその人の感受性で決まる様に思う。小川さんの生き方、考え方、感じ方すべてがあの音楽を作るのだ。 年間何本ものライブを行う小川さん。観客を前に演奏しているときはどんな想いをもって演奏しているんだろう?
「自分の音が美しく聴こえるか?次はどんな音を弾こうか?それだけです。自分の音を聴いてまた音が補給されて行くんです。」
「補給」という言葉が、しっくり来た。自分の奏でた音がまた自分に戻って自分を満たしていく。
終わりに、小川さんはこんな一言を残してくれた。 「音は魅惑的です」
心からの言葉だ。音楽の神様がいたとしたら、彼は選ばれし者だと思う。天才。そう思った。
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