京都編 その一

京都大原に出かけることになった。NHKの番組で一躍著名人になったイギリス人ベニシア・スタンレー・スミスさんのインタビューだ。

初めてお会いするベニシアさんからいくばくかの興味深い話を引き出さなければ、そんな大役が務まるかなと、とても緊張していた私は京都へ行く前に彼女が出演しているNHKの番組「猫のしっぽ・カエルの手」を何回か見返し、彼女についての本を読み漁った。

といってもテレビの画面や文章化されたものだけでは彼女が理解できるわけではない。とにかく身体を大原まで運んでそのあとは、野となれ山となれの覚悟で、ベニシアの住む町大原については全く下調べができないままだった。

その日は夜中から大雨だった。金沢駅に着いた私たちは出だしから困難に見舞われた。金沢⇔京都のJR列車が、経路の川の氾濫により土砂崩れで、復旧のため運休となっていたからだ。結局午後から東京経由で京都向かう事になって、やれやれ、ようやく大原に辿り着いたのは夕方。到着予定時間より7時間も後のことであった。

到着した駅からタクシーで大原の宿に向かう。

雨上がりで木々の緑から水がぽたぽた落ちて木漏れ日を浴びて光っている。深い森に進むとにわかに隠里の様相を帯びてくる。タクシーの運転手さんに、「コロナ以降お客様はどうですか」と聞くと、「さっぱりいなくなりましたね。大原温泉も長いこと人が来ていないんじゃないかな」との返事。

今晩の宿は大原温泉湯元「京の民宿 大原の里」。

落ち着いた雰囲気の玄関に白い暖簾が私たちを迎えてくれた。「最近はお客様がめっきり少なくなっています。どこの宿も同じ感じですね」と、ご主人。「これは宿からのお土産です。自家製の樽出し味噌です。蔵でゆっくり熟成されていますから美味しいですよ」と渡された袋。昔ながらの製法と良質の素材(大豆・塩・麹のみ使用)によって、こだわりの味を守り続けている味噌。私たち以外に誰も宿泊客がいない中、このようなおもてなしは嬉しく感じた。

近所を少し歩いてみる。平安時代源平合戦に敗れた後、平清盛の息女建礼門院が住まわれた寂光院は固く門を閉じ、拝観することはできなかった。
道すがらあちこちに見られる石垣はいつから積まれたものなのか。

皆の顔合わせが終わり本格的な聞き取りは明日になった。「大原の里」に戻る。
部屋は小ぎれいに掃除が行き届いており、窓を開けると草木の匂いが部屋中を満たした。この宿自慢のお風呂はというと、庭の一角に五右衛門風呂のような釜の形の露天風呂。自然林の中の湯につかって、明日のことに思いを巡らせる。