滋賀県編 その五

よろず淡日の灯りがどんどん背後に遠くなり、私たちは車内で無言でした。
夕刻がすすむ昭和の建物は初めての場所であっても懐かしい、何か私の「日本人としての血」がざわッとゆらぐ、不思議なところでした。戦前から日本人にしかできない表現を必死で追い求めていた芸術家グループ「具体(ぐたい)」にも関わる場所でした。
私は今どこを走って、どこにいるのかさえ分からなくなってしまいました。
口火を切ったのはカメラマン兼運転手のHでした。「おーい、目を覚ませ~。今から近江牛だ」「あ、そうか私たちは近江にいるのね。そして近江牛が私たちを待っているのね」
ゆるやかに浮遊していた時間軸がやんわりともどり、と同時にお腹が空いて来ていることに気づいた私。人間というのは何かを食べなければいけないのですね。

そうこうしているうちに近江牛ではここ、という「せんなり亭伽羅」に到着しました。

幕府の陣太鼓を作るために牛革を献上していたことから、江戸時代最初は薬として牛肉を献上していたという彦根藩。その歴史ある近江牛を提供するお店です。
白壁と黒格子の町屋風に統一された街並みの一角で味わう柔らかな霜降りのお肉はまた夢のような柔らかさ。

さて、本日の宿は江戸時代からの町家を改装した「城下町彦根の町家 本町宿」。こちらはNPO法人ひこね文化デザインフォーラムが運営する、お寺の一角だった場所を改修した風情ある建物です。
この場所にもともとあった屏風や神棚、和箪笥が梁や柱そのままに改修された屋内にセンス良く配置されています。

旅先の楽しみのひとつは朝食。自宅でも朝食を一日で大切なごはんとしている私は、こちらの朝食に感激してしまいました。大きなだし巻き卵とお豆腐、漬物、あったかいお麩のお味噌汁。お盆の上に丁寧に並べられ、敬虔な気持ちでいただきました。 裏に見える大きなお寺の伽藍が見える庭の石庭は手作りなのでしょう。この町家を愛する人の「配慮ある手」をそこかしこに感じることのできる、ほっこりした宿でした。

滋賀県の旅は和菓子の老舗叶匠寿庵にて、名物「あも」を買って、終わりをむかえます。金沢へ戻り私のふるさと金沢の棒茶でいただこうと思います。
琵琶湖の景色と出会った人びとの顔を思い浮かべながら近江に別れを告げました。

 

せんなり亭 伽羅
〒522-0064 滋賀県彦根市本町2-1-7
TEL:0749-21-2789 

城下町彦根の町家 本町宿
〒522-0064 滋賀県彦根市本町3-3-55
TEL:0749-30-9932(受付時間 15:00〜22:00)