京都編 その二

今晩の夕食はベニシアさんと旦那様の梶山正さん、そしてお友達の品川友美さん、そしてスタッフと一緒に築130年の古民家レストラン「わっぱ堂」へ行くことになっていた。 

わっぱ堂は大原で開業してちょうど10年。地元大原の自家畑で作られた野菜をメインに、滋味あふれた四季の料理を提供している。小鉢の中の小宇宙のような目に美しい前菜。一人ひとりにサーブされる大皿の海原にバランスよく配置された主菜。その絶妙さに思わず「わあ」と叫んでしまった。

ベニシアさんは5年ほど前から目が見えなくなってきて、2018年にはPCA(後部皮質萎縮症)と診断される。目では見えているものが後頭葉の視覚野にうまく到達できないため、「見えない」ということになるらしい。この状態では、例えば今目の前にあるお料理がぼんやりとしか見えていない。器を手で探りながら口元に持って行き食事をするしかないのだという。

美術大学を卒業後長いこと視覚芸術に携わってきた私にとって、視野が徐々に狭まっていく恐怖は想像に余りある。「ここに器があって、中には酢の物が入っていますよ」とベニシアさんの手をとりながら丁寧に説明している友美さん。「料理が見えないから、全部食べたかどうかわからないのよ」とベニシアさん。その様子を見て、先ほど図らずも声を発したことを恥ずかしく思った。

大きなテーブルの向こう側はスタッフと梶山さん、こちら側では私とベニシア、友美さんが座った。梶山さんが皆の緊張をほぐそうとしてなのか、何やら楽しい話をし始めている。お酒の席の賑わいが伝わってくる。

私はと言えば緊張していて会話の糸口がなかなかつかめない。お酒を飲めば少しほぐれるかな、と思うがベニシアさんは今治療のためにたくさんの薬を飲んでいるため全く飲めない。友美さんもダメ。私一人が飲んでもなあ、と思い目の前のビールグラスも減ることがない。

そのうちに、正さんがインド旅行の話を始めて、それに乗っかるようにベニシアさんも19歳で初めてインドに行った話で口を開く。当時14歳だった少年がインドでメディテーションをしていることに興味を持った事が、イギリスからインドに行くきっかけだったというベニシアさん。その少年はクリシュナ・プレムという思想家で今も活動をしているという。そんな話から少しずつ糸を紡ぎ出すように会話がつながりなんとかその夜の食事は終わった。        

私の下手な英語も友美さんの仲介のおかげでどうにかベニシアさんに伝わったようだ。最初の顔合わせは終わり明日午前に今度は二人の家でインタビューということになった。

ベニシアさんがそろりそろりと玄関までつたい歩き。正さんの車に乗り込んだ。見送る私は今日一日が終わった安堵とともに、不安な気持ちを隠せない。今晩同行してくださった友美さんに、明日も同行をお願いしたい、と甘える気持ちにもなってしまう。

さて、明日はどうなります事やら。