滋賀県編 その三

彦根のハッピー太郎醸造所より琵琶湖を左手に見ながら北上。琵琶湖の空はいつの間にか色濃く、葉群れに巣があるのでしょうか。鳥たちが群れて一斉に林の方に向かって飛び立つさまは夕刻が近いことを告げていました。

私たちが向かったのは、「近江孤篷庵」。千利休、古田織部とともに、日本三大茶人としても名高い小堀遠州(1579-1647)の菩提寺です。2代目城主宗慶(そうけい)(正之)が、江戸時代前期、京都大徳寺(だいとくじ)から僧円恵(そうえんけい)を招いて開山した臨済宗大徳寺派の寺で、遠州が京都大徳寺に建立した孤篷庵にちなんで、近江孤篷庵と名づけられました。

近江孤篷庵は明治維新後、長らく無住でしたが、昭和40年(1965年)に再建されました。本堂南側の石組の枯山水、東側には池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)の庭園があり県の名勝に指定されています。ご亭主の小堀泰道さんによると、長い時間放置されていたことによってかつての庭の様相が隠れてしまっていたのを薄皮を少しずつはがすように少しずつ姿を復元させたということ。小堀遠州の設計した庭かどうかは定かではありませんが、石の配置や、遠景・中景・近景、琵琶湖を象ったといわれる池や木々の在り様は遠州ごのみであることは確かです。

丁度私たちが尋ねた時には多羅葉の深紅の実がたわわ。庭の木々に心を慰められていたであろういにしえの人の心情を表すように、夕間暮れにじんわりと染み入る風情でした。おいとまする頃、踏み石の上にほのかな光を見つけ、空を見上げると満月より3日ほど足りない楕円の月が浮かびこの世のものとは思えない景色でした。

次の目的地「よろず屋・淡日」に向かったのは、もうすっかり日が落ちてからのこと。彦根市日向町の巡礼街道沿いにぼんやりと薄明かりの灯る、つげ義春の絵にありそうな小さな店。「なんじゃここは、昭和にタイムトリップだな~」とはしゃぐ、カメラマンのH。私はなんだか運命の場所にとうとう来てしまった感じがして、古い木戸を開けるガタガタという音に心が波立つのでした。「よろず屋・淡日」について、次号に続く。