石川県編 その七

金沢でイベントなどのプロデュースをしているAさんから、「まるやま組に是非一度参加してみてください」と言われていました。「まるやま組」とは能登半島の輪島にて「植物や生き物を調べ、食・祭事など土地に根差した暮らしを学び、実践する活動」だと知りました。

米国暮らしをされていた萩野紀一郎さんとゆきさんご夫妻は、帰国したらどこに住もうかと日本の地図を開きました。日本海に突き出した能登半島、ある集落に目が留まったのです。漆器で知られる輪島から南に15キロ、お椀を逆さにしたような「まるやま」のふもとで、生活をはじめたのが2004年のこと。そこには昔ながらの集落の暮らしが根付いていました。集落のおじいさん、おばあさんに教わりながら、萩野さん家族の自然との共生がはじまりました。

私が訪ねたのは、2014年の事。まるやま組で能登地方に伝わる農耕儀礼アエノコト(ユネスコ無形文化遺産)の神事が行われるというので興味津々。アエノコトは春と冬に二回あり、その冬の日は今年の収穫に感謝して田の神様を田んぼから家にお招きし、お風呂やご馳走で一年の疲れを癒していただくのです。本来は家々でひそやかに執り行われる祭礼です。でもお米を食べている人はみんな、農家であるとないとにかかわらず、お米という恵みを与えてくれる田んぼの生き物のつながりに感謝する日があってもいいのではないでしょうか?とはじめた新たな取り組みなのです。
無農薬でお米を作っている輪島エコ農園・新井寛さんの田んぼは歩いて5分ほどのところ。新井さんがまず「田ノ神迎え」のための儀式をされます。田の神様の姿は見えないのですが、私達はまるでいらっしゃるかのようにふるまうのです。

田の神様とともに、皆で家に戻ると、神様にゆっくりと風呂に入ってもらうため、子供達がしずしずと、神様の依りつかれた榊をお風呂にご案内します。
部屋には祭壇が作られ、今年とれた玄米と雑穀や野菜の種を飾り、栗赤飯、春に採れた山菜、畦豆のあいまぜ、カジメの粕汁、甘酒などを輪島塗の八隅膳に載せ、栗の木で作った箸を添えます。田の神様は祭壇のところでお食事をされるのだからだそうです。田の神様は春を迎えるまでこの家に滞在すると言われています。



あれから5年、私は今年(2019年)4月にまるやま組に再び参加しました。いつものようにみなさんとまるやま組周辺の野を歩き、植物生態学者の伊藤浩二博士には植物のお話を、研究者の野村進也先生に水生昆虫のお話をお伺いしました。もちよりのお料理や焼菓子、甘茶のテーブルを囲みながら自己紹介をし、なごやかに歓談がはじまりました。

初めてお会いするどのお顔も、昔からよく知っていたかのように感じられるのは、まるやまをみなさんで歩いた時間が濃密なものだからでしょうか。繁華街で育った私には野山と一体になるような時間こそ厳かで神聖に感じられるのです。

萩のゆきさん自ら企画・執筆・編集された「まるやま本草❘土地に根ざしたくらしの暦」にはこの10年分のフィールドワークの集大成が写真入りで構成されています。「身の回りにいつ、どんな花が咲き、そんな時にはこんなことをすればいい。当たり前のことが戻ってきて、くらしと身体がつながる。なぜだかおヘソの辺りがしっかりと落着く感じがする」とありました。



ところで萩野ゆきさんはこの5年の間、和菓子作りに取り組まれ「のがし研究所」なるものを立ち上げられました。季節のお茶とお菓子を楽しめる新たな展開がはじまるということです。

まるやま組は地元の方にはもちろん、他県から、海外からといろいろな人に開かれています。この豊かな暮らしの一端を一度体験されてみてはいかがでしょうか。

※アエノコトに関してのリンク

  1. 国連生物多様性の10年日本委員会  2014年生物多様性アクション大賞受賞
  2. 京都造形大学《アネモメトリ-風の手帖-》に掲載されたまるやま組のアエノコト

※萩のゆきさんによる、コラム「のがし研究所だより」がチルチンびと広場にて掲載予定です。