静岡編 その一

いまだに世界中コロナの嵐が吹き荒れる2021年。皆さまはどのようにお過ごしでしょう。

好奇心の塊のような私。家でじっとしているなんてできるかしら、毎日のニュースに翻弄され、ストレスで心が沈んでしまうのではないかしら。ところが実際、お料理、読書、お掃除、展覧会の企画、執筆、飼っている小鳥の世話、洋裁。コロナであってもなくてもやることが満載。それを淡々とこなしていればなんとか楽しい。ニュースを数日見ないでも体制には影響なし。

出歩くのが好きとかいいつつ、本当は私はひきこもり人間なのではないか。そういえば幼い頃の通知表には必ず「内向的」と書かれていた。実際私は人と話すことが苦手。授業ではあてられないように頭を伏せ、万が一あてられようものなら、顔を真っ赤にして緊張で汗が出て震えていたことを思い出します。

そんな私が10歳と5歳、食べ盛りの娘と息子を抱えてシングルマザーになってしまい、30代から40代の後半にかけて日銭を稼ぐために飲食店を経営していました。自分で選んだ暮らしとは言え、生きることの苦しさに悶え日々格闘。あの辛かった日々に比べるとたとえコロナであっても自分の足で立って暮らしていることは奇跡と思います。

とはいえ、取材であちこち行かなければならないので、コロナ下ではたいへんな影響がありました。今回の愛知と静岡の旅は、クラスターが発生しだしてこのあいだまでは行けそうだったところが3日前に緊急事態宣言になりキャンセル。取材先に直前に電話してみると親戚がコロナに罹患して検査のためキャンセル、何回スケジュールを組みなおした末、やっと静岡の旅が実現。がらんとしたのシラサギに取材陣は座席を離して着席。

第一の取材先は浜松の老舗かねりん鰻店。白い大きな暖簾をくぐると庭に面した店内。おかみさんの気持ちのよい接待。鰻の芳しい香りに包まれ、商売にかける意気込みをお伺いすることができました。

直接対面して、時には美味しい食事をいただきながら話すことがどんなに極上の贅沢だったのか。人間は失うまであたりまえのことと、その大切さに気が付かない愚かな生き物です。

消毒液とマスクにはずいぶん慣れました。消毒用のスプレー常備。うっかりマスクをし忘れることもあるので、ストックを車や鞄の中にいつも携帯するようにもなりました。飲食店に入ればマスク入れを準備くださるようになりました。

非常時には心の奥底に眠る深層心理が目を覚まします。もう少し自分に正直になりなさいよ。もう少し休みなさいよ、もう少しゆっくり生きなさいよ。