石川県編 その四

今回は金沢にある古書店「高橋麻帆書店」の代表である、高橋麻帆さんを訪ねました。
書店といっても店舗はなく、ご自分で仕入れ輸入し展示会などで販売をしていらっしゃいます。扱う古書は主にドイツのもの。17・8世紀の植物図譜、モードやデザイン、広告、そして15世紀の貴重な木版の聖書など、私たちが普段古書店で目にするのも珍しいものばかりです。
大学でドイツ文学を専攻し、博士課程修了後、神田神保町の古書店にてアルバイトをはじめました。2年2か月修業ののち、自分の書店を開業、今年が3年目。現在はご主人の出身地でもある金沢にお住まいです。

高橋麻帆書店高橋麻帆書店高橋麻帆書店

ご両親はいわゆる団塊世代。田舎で家を建てて子供を育てたい、という望みを実現させ、京都の山奥にて自給自足に近い生活をされて、子供達を育てました。大学教員だったお父様は日本の短歌を研究、お母様は庭づくりがお好きで、畑で育てた手作りの材料で料理と菓子を作るような家だったそう。
「とにかく田舎で、外国人がいっぱい来るコミューンも近くにありました。保育園に入ったら世界が違って、行った最初の日から先生に怒られて委縮しました。ショックでした。のびのびし過ぎで育ったのですね」
お父様は京都市内の近代建築の建物の中でギャラリーもしていたとか。
「幼いころはホワイトキューブでの展示場所で、前衛芸術家たちの中に混じって過ごしていたんですよ」
京都大学にはいって、担当教官の影響もありオーストリア文学、ウイーン分離派を専門にしたそうです。古い資料が大好きでした。神田神保町で初めて「ものとしての本」の魅力に取りつかれたそうです。

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「私の専門はドイツだったので、働きはじめたすぐにドイツ語の古い本の目録作りをさせられたのですね。16世紀の本、コンラートゲスナー、セバスチアンミュンスター、マルチンルターの聖書、など古書の世界では本の中の本と言われるものです。」
最初は本屋になると思っていなかった高橋さんですが、ある時本やになりたいかも、とつぶやいたら、「なりなさい」と言われて、その日から本格的な修業が始まり、海外での展示会出張まで経験することに。

神田の古書店での上司の専門はフランスのボードレールの初版本やルリユール、アールデコの綺麗な本ばかり。しかし高橋さんは質実剛健なドイツのデザインが好きだったと言います。修行中にドイツ人の同業者と知り合っていたことも収穫でした。現地に繋がりもでき、ヨーロッパに出かけ古書のオークションに参加したりしながら目を凝らし、これぞ、と思う本を買い付けてきます。

「好きなものがよく売れます。上手く説明ができるからでしょうか」
貴重な植物図譜を目を輝かせて見せてくださる高橋麻帆さん。中でも彩色の銅版画、「アイヒシュテットの庭園」はわたしも魅了されるものでした。植物を愛し、育て、さらに図譜にしたい、という気持ちは絵を志した事のある私の中にもあります。時代や東西を問わずその心持が伝わってくるようで嬉しくなりました。この世界全く知らないといってよい私ですが高橋麻帆さんとの出会いは小さな楽園のドアが開いたように思いました。