2

余白も絵

井田やす代 (イラストレーター)
1996年~1998年在籍

高校を卒業する前にまわりのみんながしっかりと進路を決める中、わたしはセツのパンフレットを取り寄せただけの状態でした。
   何も決まっていない未来を親や高校の先生が心配をする中、セツに行くことだけを心に決めて、卒業と同時に群馬から上京しました。慣れない東京の部屋でくじ引きの日をドキドキと待っていたのを覚えています。

はじめてセツ先生をお見かけしたのもくじ引きの日で、何度も読み返したモノクロのパンフレットの格好良さそのままだ!と驚きました。箱から出した当たりくじの手触りや、中庭の木漏れ日、外の階段で待つ付き添いの姉の喜んだ顔、あの日のことは忘れられません。

恐れ多くてあまり近くに行けなかったので個人的なセツ先生の思い出は多くありません。

いつもとても良い香りだったセツ先生へ「いい匂いですね!」と話しかけた友人に「CHANEL」と答えていたセツ先生のこと、耳を思いっきり引っ張られたうれしい思い出、モデルをデッサンするセツ先生を後ろからそっと覗きこんで、スラスラと描かれる自由な線を見たときの感動。

水彩画の批評の時間の緊張感は特別でした。「A!」をもらってうれしかったことよりも、描き終わった絵をクルクルと丸めて教室から逃げたことの方をよく思い出します。描いた絵をセツ先生に見て頂くのがどうしても怖くて、誰にも見つからないように急いでコソコソと坂道を下って帰ったときの情けなさと、次は勇気を出そうと思ったことを思い出しました。

「余白も絵」この言葉は今も、ついつい描きすぎてしまう手を止めてくれます。

今回振り返ってみて、言葉にすることのできない思い出がたくさんあることに驚きました。

絵のことも、世の中も、何も知らないまっさらな心で、セツの空間と時間を体験できて良かったです。

2 Comments | RSS

  1. 星信郎 より:

    井田やす代さん こんにちは。

    もう春だ‼︎ という黄色い余白がみごとに美しい。 セツ先生の言葉が確かに活きてますね。
    余白が形になって余白も絵。 ぼくも余白を描きたくて絵を描くことがあります。
    ついでにセツ先生の語録を、「まっ白い画用紙がいちばん美しいよ、それをどう汚すかだ」

    セツの入学は先着順でしたが、ある時期は 抽せんクジ引きでしたね。 曙橋駅まで長蛇の列ができてしまって、2日も前から並ぶ人まであって、どうにもならなくクジ引きでしたが、、、いまに思うと、とんだお笑いぐさです。

  2. 井田やす代 より:

    星先生、こんにちは。
    ギャラリーQuo Vadisではありがとうございました。
    先生にアドバイスを頂いた、左下にあったピンクの階段を消して黄色の面を広くしました。
    窮屈だった絵が、気持ち良く広がりのある絵になりました。

    セツ先生の語録を読んで、静かな気持ちになりました。まっ白い紙をわたしなりにどう汚せるか、それが個性になるんですね。

    星先生、またお会いできる日を楽しみにしています。

コメントを残す