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セツという場所

丸山伊太朗(tottoriカルマ店主)
1999年~2009年在籍

第1話「セツモードセミナー」って何の学校?

中野駅北口にあった「無国籍食堂カルマ」に時々来てくれるようになったグループの中にいて、たまたま話すようになった人がいた。その時は全然分からなかったけど、たぶんその人と話す事がなければ、その後の人生がまるで違うものになっていただろうと思う。
 わたなべすがこさん。通称スガやん。(彼女も、このシリーズの中に文章を寄せている)
 彼女は当時、まだ10代だったと思う。ある日「セツモードセミナーっていう学校が四ッ谷にあってね… 」と、教えてくれたのだった。その学校に入学できる事になった時にすごく嬉しかった事、そしてそこがどんなに面白い学校かって事も、それからお店に来てくれる度に色々話してくれた。

入学は試験じゃなくてクジ引き(ええっ?!)で行われる事。そしてとにかく細~くて、骨が美しいモデルさんの話。
 その、ほっそいモデルさんの周りをぐるぐる~っと回ってから、「ここが素敵!」っていう位置でピタッと止まって描き始めるセツ先生の話。

休憩時間なると、ロビーのカウンターで丁寧にコーヒーを淹れる先生たち。生徒と同じベンチにむぎゅうっと入って座り、みんなで同じコーヒーを飲みつつ「おまえええ!」って笑って男子生徒の耳を引っ張るセツ先生の楽しそうな様子。

「なぜか時々、絵の先生とは別の先生から歴史を聞く時間もあるんだぁ」とも聞いた。

ちょいちょいお店にやってくるスガやんに、色々な「セツでの話」を聞くようになると「今まで思っていた美術系の学校の雰囲気とは全然違うな。楽しそうだな…」と少しずつ興味を惹かれるようになっていった。

その当時、私は「無国籍食堂カルマ」というオープン10年目くらいの飲食店を経営していた。そして「まだ他に何かできること、やるべき事があるんじゃないか?」とゴソゴソあちこちの街で面白そうな事を探して動きまわったり、突如アフリカンドラムを習いに行ったりしていた。

「やらなくちゃいけない事」が一杯詰まっている日々ではなくて、まだちょっと余力もあった頃。
 そんな風に少しだけまだ隙間時間があったから、セツの話をスガやんから日々聞くにつれ段々と「そんな面白そうな学校に通う人達と話してみたい。学校も見てみたいな!」と思うようになっていったのだった。

(つづく)

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  1. 星信郎 より:

    丸山くん お久しぶりです!

    今ごろになってやっと分かりました。もしスガやんと言う人がいなかったら、カルマと言うお店が無かったら、僕は丸山くんを知らなかった訳だ、なんとも不思議です。 おかげさまでモデル丸山のデッサンをたくさん描くことができました。

    当時を思い返せば、僕はコーヒーを淹れてる時が一番シンケンであったようです、、、、、今もそうです。

    • 丸山伊太朗 より:

      星先生コメントありがとうございます。私がもう一年以上、東京に行けて無くて、「ゑいじう」でのグループ展も来ていただいたのに先生にお会いできなくて寂しいです。また、デッサン会に行きます。私ももう40年近くコーヒーをたて続けているのに未だに毎回唸ることになります。自分が美味しいコーヒーを飲みたいからこそ真剣になりますね。今回の投稿、長文になってしまったのでの後何回も登場しますが、呆れずに読んで下さい。

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