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ひかりのはじまり

おおのあき (チェコ在住|luce ルツェ・ものつくり)
1998年~2002年在籍

なつかしいな。あの頃、空にそびえるビルの群れをかき分けセツに出会う前、わたしは服飾の学校に通っていたんだっけ。

小田急線の端から端まで満員の人をよそに、毎朝課題の縫いものを車内でする毎日。
本当になんにも知らなかったけど、一見きらびやかな人たちが集うそこに、わたしはいつもどこか、ふーん。と、さめていた。

ある日、糸を買いに購買に。なんとなく本棚に目をやると縫いものや専門書の中に、え!!?
背表紙に"弱いからすき"とあった。知らず知らずそれを手にしていた。どこから湧いてくるやら涙がとまらず、会えた。と思えた。その場で本の最後に綴られていた番号に電話していた。

そう、その時、生まれてはじめて"自由"に出会えたんだった。
そおしてそこでの日々がはじまった。

どうにかこうにか、関わりたくて、感じたくて、デッサンモデルをしたり、昼も夜も学校に入り浸ったり。

授業中どこからともなくその姿より先に、纏った香りが先に教室にあらわれると言う、その洗練。とびきりの生きるアート。存在がA。先生のメガネの奥の眼差しを追いかけた。

ゲリラにもなれたけど、わたしの興味の先は、今まで出会ったことのない、何にもとらわれることのない軽やかな先生たちや、場に佇む淡い余白や余韻のようなものだったのかもしれないな。

根っこで、"これ、これだよ"と、細胞ごと感動出来たその日々の経験が、いまになり、わたしになっていった。

それからも「わたしが描きたいものは?」と自身に問い続けた。手探りで進んでいったその先は、絵の具や紙、キャンバスからも日本からもはみ出して、なぜか、チェコにあった。

いまは、数百年のふるい家で、種をまき、木を植え、森をあるき、自然とともに、食べるものや花の器たちをつくっている。 

わたしは、わたしの物語を生きる。
あなたは、あなたにしかない物語がある。

それはどこでもいい。
何をしていても、何がなくても。

そこには色がある。

あの時、夢にみた、
あいまいで、たしかな、あの色たちが。

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  1. 駒野 より:

    みんな、それぞれの色で描き
    混ぜ合わせ、またけずり、
    そして自分の理想に近付く
    それが明るい色であってほしい。光ってほしい。
    頑張れ!❤️

    • おおの あき より:

      駒野さん

      すてきなお言葉ありがとうございます。
      たくさんの色を想いました。
      そうですね。色の先にあるものが明るくあれますように!ありがとうございます。

  2. 星信郎 より:

    きらきら光るもの好きな、おおのあきさん。 いまもシャープに作品A!ですね。

    夏になると想い出す。セツの花壇の自然発生のビワ苗木は、抜きとって捨てるつもりが、それを持ち帰って自分うちの庭に植えたのが、おおのあきさんだった。あいにくそのビワの木は実を付けなかったそうだが。そのきもちが嬉しい。 遠い昔の話です。

    セツ先生は、チェコの映画「存在の耐えられない軽さ」を観て憧れて、こっそりひとりで、プラハへ旅行してましたが、時は流れて、、、いま、おおのあきさんがチェコに住んでる。いいね。

    • おおの あき より:

      星せんせい

      思いがけずこのようなカタチでふたたびお便りできますこと、うれしくなつかしいです。

      ビワの木のこと、覚えていてくださりおどろきました。あの頃から自然に惹かれていたのでしょうね。セツで育ったものをお迎えできるなんてと、あの日は、うれしくて、ビワの木とともに、セツから代官山まで歩いたものでした。

      色々なつかしいです。

      はて、先生を描こうとおもいましたが、わたしの中で先生やセツでのすべては、ちょうど目の前の器のなかにありました。器のなかの粒々は種で、撮影のあとにすぐ蒔きました。また、それは巡り巡るでしょう。セツ先生がチェコにいらしていたなんて、とてもうれしいです。

      このお話しをいただけたおかげで、あの頃の光がよみがえり、すてきな旅ができました。星せんせい、お元気なによりです。またきっと皆さんが集まる時に日本いれば、お伺いできたらなぁて、ほわほわ想いも巡ります。

      どうかお元気で。
      たくさんのひかりをありがとうございます。

      あき より

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