レコード・ジャングル 中村政利さん Part2

 中村さんのように子供のときに興味を持ったものが徐々に形を成していき、それが自分の仕事になる、自分の好きなことをそうやって仕事に出来る人は世の中にどのくらいいるのだろうか。幸運な人だと思う。勿論運だけでなく本人の為すところも大きかったのだろうが。ぼくは、今やってるアンティークの仕事に辿り着くのに二十代の十年間ただ只管遊んで悩み遠回りした、好きなものを見つけるのに大変時間を要したので、彼のように自分の興味が余り無駄なく展開していった人の人生を見ていると、自分が二週も三週も遅れて人生を走ってるような気持ちにもなる。自分の無駄多き人生を悔やんでる訳ではないが、彼の迂回少ない人生を眺めると、若干の羨む気持ちがないとは言えない。つい先日、ある新しい友人にぼくは電話でこう言った、「あなたには危なっかしい色気がある」と。彼の存在はぼくの三十年以上前の親友を思い起こさせ、彼を見ていたときに二人に共通する「危なっかしい色気」をぼくは感じ、思い出していた。それからこの友人と男の「色気」の話しになり、彼は言った、「最近の男に色気がないのは(人生で)失敗しないからじゃないかな」と。なるほど、面白い視点だ。が、失敗してもそのまま打ちひしがれ枯れ萎んでいったり、虚勢に逃げたりして色気に到らない男が多いのも事実。人が先ず失敗、挫折する。そのとき、彼が自分に「無い」もの自分が無くしたものを見詰め、自己の負の部分と向き合う、それが出来るかどうか。その「無」を受容しようとする姿勢、心がぼくは色気へと繋がるのかな、と思う。さて、無駄口はこの辺にして中村さんの話しに入ろう、彼の話しは面白く端折れるところが余りない。急ごう。
 「間口は広いんですよ、全方位外交みたいなもんで、ただ何が好きかと言うとビートルズが一番好きというのは高一くらいまで続きましたかね。中学のとき頭は音楽で一杯だったから部活もブラスバンド入ってね、最初はトランペットやってたけどお前は唇の形がトロンボーン向きだって言われてトロンボーンをやってね。高校に入ったら少しずつジャズに傾いてって、チャーリー・パーカーに狂ったんですよ。チャーリー・パーカーに狂う切っ掛けもラジオでね。NHKの『若いこだま』っていう番組で、いや中学のときだな、1970年にチャーリー・パーカーの没後十五周年の特集で、丸々45分間チャーリー・パーカーを聴きましょう、とか言ってね、彼のサックスのソロの閃き、電光石火みたいな閃きが次から次へと訪れるのに酔ってしまって。ただ、高校のときも中学の元同級生達とロックバンドやってたり、金沢で手に入るロック中心の音楽雑誌読みまくっていっぱしのロック通を気取っていた。まあ、その頃はまだロックとジャズが平行してあった。高校のときに金沢に次から次へとミュージシャンが来ましてね、殆ど全部行けたな、先ずチック・コリアが来て、それからソニー・ロリンズ 、マイルス・デイビス、マッコイ・タイナー、年明けてカウント・ベイシー楽団、オスカー・ピーターソンが来て、一年間にラッシュみたいに来て、1972年じゃないかな。凄い年でしたね今から考えても、16才のときでした。ジャズ聴きまくってて、その頃から街のジャズ喫茶行くようになって、『キャスぺ』とか『ヨーク』とか、昼も夜も行ってましたね。大学受験一回失敗して二回同じとこ受けてるんですよ、地元の予備校行ってね。女房との馴れ初めもそこなんだけど、親にお金払って貰うのが嫌で新聞屋に住み込みで新聞配達しながら予備校通って。最初の受験のときに自分が憧れていた洋書屋『イエナ書店』が銀座にあって、行ったんです。親が取っていた『暮しの手帖』っていう雑誌にその洋書屋の名前がよく出てきて、行ってみたいなぁ、って思ってて。その洋書屋の一階に外国の雑誌コーナーがあって洋書雑誌が色々置いてある、そこで、洋書雑誌で外国の情報見られるなんてカッコいいなぁ、と思って見てたら、自分より絶対年下だと思う16才くらいの女の子が突然ぼくに声掛けてきて、その子が雑誌開いて持ってて、ぼくに見せながら指差してこう言ったの。エリック好き、って。エリック・クラプトン。そのときに、えっ、自分より若い子が洋書屋にいるのが先ず不思議、自分より若いしかも女の子がロック好きって言うのが不思議、それからぼくたちがロックの王様、ギターの神様という感じで見てたエリック・クラプトンをこの子はどういう感覚で見てるのかな、と疑問を感じてね、もしかすると、私、あいざき進也が好きっていうのとどこか落差あるのかな、と。ぼくらはちゃんとした音楽としてロックを評価して聴いてるつもりだったけど、この子はそういう感覚でこれを見てるんだろうか、と疑問を持ったときに、その疑問は自分にも向かったのね。お前は本当にロックが好きでそれに美学を感じて聴いているのかいどうなのかい、ただ外国で若い子がキャーキャー騒いでるからそれに便乗して、それを好きだっていうことを一つの看板にしてるだけじゃないのかい、って。そういう疑問が自分に突き刺さってきてね、そこでのちょっとした事件を切っ掛けに何か自分が聴いてるロックっていうものに対して信用が置けなくなった、というのかな。俺はどうなんだろう、って、自分は特権意識でロック聴いてただけじゃねえのかな、と。俺もただのミーハーじゃねえのかな、と思って。それで急にロックの世界が色褪せてね」

(続く)

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