
さつえいしたひと
この頃ヒトの撮影がたのしい楠本哲義さん(長崎市矢の平在住)
年始撮影会のスタートは中川八幡神社 ゴールは諏訪神社。町あるきは 気がつくと 神社 お寺 お墓 教会などのを点と点で結んでいることが多くあります。長崎独自の歴史的なあゆみが まちなかに多くの宗教施設を混在させ それらは市民の暮らしのなかに溶け込んでいるのです。特定の宗教を信じていない人でも 神社の前を通ると頭を下げて今日の無事を願ったり キリスト教教会のクリスマスミサに参加したり 子供たちは放課後お墓で遊んだり。長崎の神様たちは わたしたちにとても近いところに住んでいて 生活に寄り添ってくれているみたい。宗教的なことに対して 無意識に生きていても 実は強く心が守られているのだろう と感じます。いじわるな言い方をすれば やや適当。でもそれで ずっとやってきた長崎のひとたち。2月の旧正月には 仏教のひとも キリスト教のひとも こぞってランタン見物に中国寺へ出かけます。あぁ なんて自由なのでしょう。なんでもごった煮のちゃんぽん文化を育んできたこの土地は 本日もたくさんの神様たちが見守ってくれています。