三重県編 その一

まだ肌寒さが残る三月のある日、三重県三岐(みき)鉄道に乗車しました。レトロなデザインに車体が真黄色でなんともかわいい。向かい合って座るベンチ椅子は卒業式の帰りなのか、礼服の胸に造花をあしらったお母様たちで華やいでいました。「よそもの」は昂揚感を落ち着かせようと、手の中の小さな切符を見てみました。一枚のチューインガムほどの大きさの紙は、昔ながらの厚紙の手触りと、明朝体の繊細な文字が印刷されておりました。それは電子マネーカードなど存在しない昭和の時代を彷彿とさせる「なつかしさ」のプロローグだったのでした。

コトコトと十数分、目的地大安(だいあん)の駅に着きました。満面の笑みで迎えてくれた「トヤオ工務店」の社長、鳥谷尾眞道(とやお・まさみち)さん。会社といえば、なんと駅のすぐ目の前に工務店の工場の大きな看板が見えるほどのお近くでした。これは大安駅といえばトヤオ、くらいの勢いです。

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お昼はまだだという私に、薪ストーブでピザを焼いているから食べませんか、と嬉しい事をおっしゃる。大きな木のとびらを開けると木のにおいと焼きたてのピザの芳香が混ざりあって、それはそれはふくふくと幸せな香りが充満しているのです。ピザをみんなでいただきながら、なごやかな歓談がはじまりました。大きなテーブルに集うのは「木まま工房」のみなさん達。月に二回集まってモノづくりをしているのだそう。材料はトヤオ工務店の廃材、なんでも作りたいものを自由に作って、わからないところはスタッフが教えてくださる「きまま」なサークルです。木まま工房にてお盆や棚、箱など思い思いに作っているメンバーは年齢もさまざま。月に二回通いながら、「自分で図面をひいて、表札とか、ビーズを入れる箱ができあがったのよ。」とメンバーの女性。作品は、工務店の一角で販売もできるようにと木まま工房のコーナーもありました。

それにしても鳥谷尾社長の熱弁はすごかった。昭和34年生まれ。名古屋の出身。若い時に都会にでたが性に合わず、いろいろ変遷を得て大工の師匠のところに住込みで修業。わずかな給料に耐えながら大工の基本を学んだとのこと。独立して37年。近隣の山から木を運んで、自分の工場で刻み100%無垢材で家を仕上げる。「林業を意識してやらないといけない。無垢材をつかうべきだ、今使わないとどうする。」とトヤオさん。「木材の加工が自社で出来さえすればコスト安になるし、日本人が地元の山の木を使って家を建てていた30年前に戻れば良いだけ。」と、言い切る。

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四日市を案内してくれる車中で「木が好きな人はみんないい人ばかりデスヨ!」とトヤオ社長。無垢の木の家を望んで来る方々はこだわりの方が多いとか。いままでの家の注文でユニークなものは、「100パーセント自然素材で古くなってそのまま土に還る家を作ってほしい。」というもの。「残念ながら建築基準法で屋根は耐火素材にしなくてはならないから、それは無理なんだけど、でも気持ちはほんと、わかります。」と。

そうだったのか、わたしも放浪の末、最後は森の中に「ほったて小屋」を作り自然暮らし、おばあさんになって死んだらそのまま朽ちて森の土になりたい、と思っていたんです、トヤオさん。太古の人たちはおそらくみんなそうやって地球の土や海に還ったはずなのにね。現代は便利なのか不便なのか、なんだかおかしいね。

オフの時には仲間と一緒にパラグライダーをしているというトヤオ社長さん。伊勢茶の畑がひろがる山道を抜けると着地点の広場がありました。見上げると空がスコンと抜けたように青く、パラグライダーで羽ばたく少年のような社長さんが、満面笑顔で手を振っているのが見えた気がして、なんだか楽しくなりました。